第35話 『自己責任だ』って言うなら、悩み相談なんて意味ないじゃん!
〈登場人物〉
マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。
ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。
〈時〉
2021年5月
マイ「あー、もう本当に、ムカつく!」
ヒツジ「どうしたんだよ」
マイ「これ、この記事だよ!」
ヒツジ「なになに――コラムでは、14歳の友人が、交際相手と避妊をせずに性行為をしていたり、ネグレクト(育児放棄)の被害を受けていたりするとの相談に対し、『友達自身が気づいて成長していかないといけない』などと自己責任論を説いていた(J-CASTニュースより抜粋)――か ……cakesの幡野氏か……どっかで聞いたことがある名前だな」
マイ「前にも、この悩み相談で、炎上騒動を起こしてたのよ」
ヒツジ「常習犯か。炎上商法なのか?」
マイ「炎上商法ではないと思う」
ヒツジ「それで、この記事に対して、お前は義憤を感じていると」
マイ「だって、わたし、相談している子と同じくらいの年なんだよ……もしも、こんなことが友だちの身に起こってさ、それで、どうしてあげていいか分からなくて相談した回答がこんなんだったらて思ったらさ……なんかこう……胸がしめつけられてさ」
ヒツジ「なるほどな……自己責任論か、まあ、すっきりした考え方ではあるわな」
マイ「何言ってんの! 性被害を受けたり、ネグレクトを受けたりすることのどこに責任があるっていうのよ!」
ヒツジ「それもその通りだ。14歳という年齢で、それらの被害を受けることに彼女自身の責任なんてありえないということも言える。責任というのは、英語で言うと、responsibilityだ。これは、respondとabilityの組み合わせであって、respondというのは『対応する』、abilityというのは『能力』を表している。つまりは、責任というのは、『対応する能力』というわけだ。14歳では、それらの被害を受けることに『対応する能力』は無く、問題に適切に対処することはできないと言える。だから、責任はないと言うこともできる」
マイ「そうでしょ! だいたい、わたし、『自己責任なんだ』っていう悩み相談の回答は絶対におかしいと思う! だって、『自己責任なんだ』なんて言い出したら、全部がそうも言えるわけだから、相談の意味がないじゃん!」
ヒツジ「まあ、そういうことになるだろうな。ある意味では、この世に生きている人間は自分の身に降りかかることに対して、自分が責任を取るしかないとも言える。なぜかと言えば、自分に代わってそれを受け取ることができる人間はいないからだ。しかし、それはただの事実であって、悩み相談というのは、その事実を踏まえた上でどうすればいいのかという話なわけだから、それに対して自己責任では答えになっていないと言うべきだろう。悩み相談をする段階で、自己責任論なんていうのは、すでに乗り越えられているわけだからな」
マイ「たとえば、病気になったときに医者に行くとして、そのときに、医者がさ、『病気になったのは自己責任ですよ、自分でがんばってください』じゃ、医者としての仕事をしていないってことになるでしょ。それと同じじゃん」
ヒツジ「お前にしては、なかなか適切なたとえだな。さて、じゃあ、どうしてこんなことが起こってしまうのかを考えてみよう。このまま、幡野氏は相談員として失格だと言って終わってしまっても、大して面白くない話だからな。なぜ、彼は相談員として失格だったのか」
マイ「なぜも何も無いと思う。ただ単に、この人は他人の相談をされるような器の人じゃないってことでしょ」
ヒツジ「なるほど。じゃあ、その器っていうのは、どういうものだ。他人の相談を受けるには、どういうような能力が必要なんだ?」
マイ「どうって……まずは、やっぱり共感力というか想像力というか、他人のことを自分のことのように思い見なす力が必要だと思う。そうじゃないと、状況が的確に把握できないから」
ヒツジ「なるほど、医師の例で言えば、診断する能力ということになるな。病状をきちんと診断することができなければ、治療に当たることはできない。しかし、状況が的確に把握できても、それだけじゃ、悩み相談を受けることはできないよな。診断することができても治療できない医者に意味が無いのと同じように」
マイ「どうすれば解決できるのか、具体的な解決策に関する知識が必要だと思う」
ヒツジ「そういうことだ。記事を読む限りは、この人はそれに対してどちらも欠けていると言わざるを得ない。そもそもが、おっさんが女子中学生の気持ちになるというところからしてかなりの無理があるし、それでも、具体的な解決策の知識があればそれ相応の対応ができるだろうが、どうやらそれも無いということだからな」
マイ「なんでこんな人を相談員なんかにしているんだろう。わたしは、cakes編集部の責任も重大だと思う」
ヒツジ「チェック機能が全く働いてないんだろうなあ。日本的和の精神で仕事をしているんじゃないか、この編集部は。あるいは、そもそもが、この手の問題に関して全くの無知なのか」
マイ「わたしがさらに腹立つのは、いったん載せたものを削除していることなの。これは、本当に卑怯だと思う。配信当日に編集部が削除しているんだよ」
ヒツジ「道ばたに飼い犬が糞をしたら片付けるだろう。それと同じことじゃないか」
マイ「犬の糞とは違うでしょ! 人間の言葉なんだから」
ヒツジ「じゃあ、お前は、彼の言葉に価値を認めるのか?」
マイ「別にそういうわけじゃないけど、ていうか、価値なんてないし」
ヒツジ「犬の糞なみの価値しか無いのなら、別に片付けても構わないということになるだろう」
マイ「でもさ……卑怯じゃん。いい大人がだよ、いったん書いたものを、しかも他人の相談に答えるっていう形で書いたものを簡単に消すんだから。これってさ、つまり簡単に消してもいいようなことを載せたってことでしょ。その程度の気持ちで他人の相談に答えさせていたってことでしょ。こういうの、わたし本当にムカつくのよ!」
ヒツジ「それは確かにお前の言う通りだ。発信する前に、それが発信すべきものなのかという自省があれば、もう少し世の中すっきりするだろうな。しかし、SNSはそういう考えない発信者を助長しこそすれ、抑制することは無い。今後ますます今回のような案件は増えるだろう。他人の言葉になんて実はほとんど価値は無い、他人の言葉の中で価値があるものは本当に少ない、ということは、今の時代を生きる上では肝に銘じておかなくてはならない」
マイ「じゃあ、この子はどうすればよかったの?」
ヒツジ「性被害やネグレクトに関して調べて、こんなインチキ相談員のところではなくて、それこそ責任ある関係各所に相談すべきだったな。あるいは、自分の親にでも」
マイ「ねえ、それができなかったから、それか、しても意味が無かったからこの人に相談したんじゃないの?」
ヒツジ「そうかもしれないな。そうして、相談を受ける側というのは、そのことも自覚すべきなんだ。自分が相談者の最後のよりどころじゃないのかってな。その自覚も他人の相談を受けることができる人間の条件に入れるべきだな」
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