第36話 選挙に行かないヤツは政治の文句を言うな!

〈登場人物〉

マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。

ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。

〈時〉

2021年衆院選後



マイ「あー、ムカつく」


ヒツジ「どうしたんだよ」


マイ「選挙よ。選挙」


ヒツジ「選挙がどうした?」


マイ「この前あったでしょ。衆院選」


ヒツジ「あったな。自民党が、ちょっと議席を減らしはしたが、結局は勝ったようだな。自民党の勝利にムカついているのか?」


マイ「別に自民党が勝ったことにムカついているわけじゃないわ。そうじゃなくて、投票率の低さにムカついているの。今回の選挙の投票率、55.93%だったんだって。戦後で3番目に低いんだって」


ヒツジ「それの何にムカついているんだ。投票するのは権利であって、義務じゃない。投票するもしないも、そいつの勝手だろ」


マイ「だったら、もう政治の文句を言うのはやめてもらいたいわ。ほら、政治に対してもの申すみたいなことやっている人ってたくさんいるでしょ。それなのに投票率が低いってことはだよ、投票もせずにグズグズ言っている人が多いってことじゃん。やるべきこともせずに文句だけ言うのって、卑怯だと思う!」


ヒツジ「待て待て。政治に対してもの申している人がたくさんいるとお前は言ったが、たくさんいるなんてことがどうして分かるんだ。少数しかいないのに、その少数が目立つだけかもしれないだろう」


マイ「じゃあ、大勢の人が政治に対して何も批判をしていないってこと? そんなの信じられない! 少なくとも、文句を言っている人の割合は、投票率よりは高いと思う!」


ヒツジ「じゃあ、まあ、仮にそうだったとしよう。お前の言いたいことはこういうことだな。政治に文句を言うのなら、同時に投票もしなければいけない。というのも、投票こそが政治を変えるきっかけだからだと。投票すれば自分たちの望む方向に政治が変わる、少なくともその可能性がある。それなのにしないのだから、文句を言う資格は無いと」


マイ「そうよ! わたしに投票権があったら、絶対に投票しているのに!」


ヒツジ「なるほど。ところで、お前は、とにかく世の中が変わることが大切なことで、その変化は良い方向である必要は無いと思うか?」


マイ「なに?」


ヒツジ「変わることが大切なことであって、変わり方自体は大切ではないと思うか? もしも、みんなが投票することによって、世の中がより悪く変化するとしても、それは歓迎すべきことだろうか?」


マイ「ちょっと待ってよ。みんなが投票することで、どうして世の中がより悪く変化するわけ? いい方向に変化するに決まってるじゃん」


ヒツジ「なぜ?」


マイ「なぜって……そうなるでしょ。……まあ、投票率100%なんてことになったことないから、絶対にそうなるとは言い切れないと言えば、そりゃ言い切れないけど。逆にどうしてより悪く変化するわけ?」


ヒツジ「お前は、『頭がいい』ということが世の中で高い価値を持っていることを認めるな?」


マイ「何よ、急に。それは、認めるわよ。わたしだって、頭良くなりたいもん」


ヒツジ「あるものが高い価値を持っているというのは、それが稀少だからだということも認めるな? みんなが持っているものだったら、それは高い価値を帯びない。ブランドものに価値があるのは、一部の人しか持てないからだ」


マイ「まあ、そうだね。それが?」


ヒツジ「頭がいいことに高い価値が置かれているということは、頭がいい人間がこの世界に稀少であるということを表わしている。そうするとだ、世の中の大方は頭が悪い人間ということになるな」


マイ「嫌な言い方……でも、そういう言い方をすればそうかもね」


ヒツジ「ところで、現在採用されている民主主義というこのシステムだが、これは選挙においては、一人に一票を与えるというものだ。そうだな?」


マイ「それで?」


ヒツジ「頭がいい人間にも一票、頭が悪い人間にも一票で、その価値は変わらない。どちらの一票の価値も同じだ」


マイ「なんか嫌な感じ」


ヒツジ「そうするとだ、この世の中に頭が悪い人間が多いということを考えると、このシステムが充実すると、この世の中は多数派である頭の悪い人間によって運営されるということになって、その分だけ世の中は悪くなることが考えられるが、それでいいか?」


マイ「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあ、頭の悪い多数の人は、選挙に行くなって言うの!?」


ヒツジ「そんなことは言っていない。ただ、みんなが選挙に行くと、民主主義の世の中では論理的に考えれば、世の中はより悪くなると言っているだけだ」


マイ「そんなのおかしいじゃん! 確かに、政治のことを何にも考えていない人がたくさんいればそうなるかもしれないけど、それはさ、これから考えられるようにすればいいわけでしょ」


ヒツジ「そんな『これから』なんていつ来るんだ。日本は民主主義国家になってから、戦後70余年経つが、どうもそうなっているようには思えないがな。あと、何年経てばそうなるんだ?」


マイ「納得できない! そんなの絶対におかしい! それじゃあ、昔の方がよかったってこと!? 財産やら何やらで制限されて、投票できる人とできない人が分けられていた時の方が!」


ヒツジ「少なくとも、特権として与えられていた方が価値は高くなり、その分だけ本気で行使しようという気にもなるだろう。今は、18歳以上になれば、誰でも自動的にもらえるわけだ。政治のことを真剣にとらえ、これから30年、50年、100年後の世の中のことを考える人間にも一票、何にも考えていない、候補者の顔で投票するような人間にも一票って、オレなんかからすれば、これは正気の沙汰じゃないけどな」


マイ「人間の価値は同じなんだよ!」


ヒツジ「だとしたら、政治のことを考えて投票権があれば投票に行くのにと思っているお前の価値も、投票権があるのに投票に行かずそのくせ政治の文句を言っている彼もしくは彼女の価値も変わらないということになって、お前の批判は適当ではないということになるけどな」

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