第22話 極限状態ではどう判断すればいいの?
〈登場人物〉
マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。
ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。
マイ「今日学校の社会の授業で、クラスで『トロッコ問題』をディスカッションしたんだ。知ってる? トロッコ問題」
ヒツジ「『列車が線路上を走っているとブレーキがきかなくなる。列車の進路上には逃げられない状態の人が5人いる。列車は進路を切り替えて支線に入ることができるが、支線にも逃げられない状態の人が1人いる。果たして、進路を切り替えるべきかどうか』ってヤツだろ?」
マイ「そうそう」
ヒツジ「普段ものを考えない中学生にはちょうどいいレベルの問題だな」
マイ「なんか引っかかる言い方」
ヒツジ「じゃあ、引っかからないように言ってやるが、こんな問題は真面目に考えるに値しないバカみたいな問題だ。これを大まじめに考えたとしたらお前らは終わっているし、こんな問題をディスカッションさせる学校の教師も終わっている」
マイ「どこが終わっているって言うのよ! 確かに、こんな状況にはそうそう出会わないかもしれないけど、それだって、もしかしたらこれと似た状況に出会うかもしれないじゃん。そのときのことを前もって考えていても悪いことないじゃん!」
ヒツジ「お前は本当にバカだな。……まあ、いい、じゃあ、どうしてこの問題が考えるに値しないのかということについて説明してやるから、考えてみろ」
マイ「言ってみなさいよ!」
ヒツジ「まず、お前は、こんな状況にはそうそう出会わないかもしれないが、これと似た状況に出会うかもしれない、と言ったな?」
マイ「言ったよ、悪い?」
ヒツジ「この問題は、5人を生かすために1人を犠牲にしていいかどうかというものだが、そんな究極的な状況に出会ったとして、お前がそのときどういう判断をするのかということが、本当に前もって分かるのか?」
マイ「どういうこと?」
ヒツジ「たとえば、お前がこれから失恋するとするよな」
マイ「嫌なたとえ出さないでよ! ……それで?」
ヒツジ「そのときの気持ちを今感じることができるか?」
マイ「……そりゃ正確にはできないかもしれないけど、失恋したことないから……まあ、何となくはできるんじゃない」
ヒツジ「じゃあ、親と死別したときの気持ちは?」
マイ「えっ……うーん、お母さんもお父さんも元気だから、そんなこと思ったことも無いけど、できないこともないと思う」
ヒツジ「じゃあ、30歳を迎えたときの気持ちは?」
マイ「あー……それは無理。30歳になるとか考えられないもん」
ヒツジ「失恋も親との死別も30歳になることも、お前の人生において必ず起こることだよな?」
マイ「なんで失恋が確定なのよ! ……で?」
ヒツジ「そういう人生において確実に起こるときの気持ちでさえ今確実に感じることはできないわけだ。だとしたら、究極の状況のときにどんな気持ちになるかなんてことを、今前もって感じることはできない理屈だろう。気持ちが違うと、判断が違ってくる。もっと日常に即してみても、普段の自分とイライラしているときの自分では、行動が違ってくるだろう。究極の状況でどう判断するべきかなんてことを今前もって考えていたとしても、その判断をそのときするかどうかなんて分かるわけがない」
マイ「分かるわけがなくたって、考えて悪いことないでしょうが」
ヒツジ「分かるわけがないことを考えるということは、分かるわけがないということを分かっていないということだ。このことを、ソクラテスという哲学者は、『無知の知』と言ったわけだ」
マイ「…………」
ヒツジ「こんな問題を考えるなら、仲が悪いクラスメートと何とかやっていくためにはどうすればいいか、とか、親と折り合いをつけるためにはどうすればいいか、とか、そういう身の回りの問題を考えた方がはるかにマシだ」
マイ「そんな日常的なこと嫌っていうほど普段考えているわよ」
ヒツジ「お前たちが『考えている』と言うのは、大抵は『思い悩んでいる』ということにすぎない。考えるということは、考えたことを実行するということだ。これを、『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます