第21話 考えて何か意味あるの?
〈登場人物〉
マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。
ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。
マイ「哲学者たちは世界をさまざまに解釈したに過ぎない。大切なことは世界を変えることである!」
ヒツジ「お、おい、どうしたんだよ。とうとう、おかしくなったか?」
マイ「おかしくなんかなってないわよ。この言葉を学校で習ったの。マルクスっていう哲学者の言葉でしょ。いい言葉だよね。いろいろ考えていてもそれだけじゃ意味が無い、行動が伴わないとってことでしょ?」
ヒツジ「まあ、そういう意味だな」
マイ「考えることに意味が無いってことはさ、あんたとこうして話していても、何の意味も無いってことだよね」
ヒツジ「それはどうかな。別にこっちは、頼んで話してもらっているわけじゃないから、いつお前と話せなくなったってかまいやしないけどな。考えることに意味が無いってことは、本当にそうなのかどうか」
マイ「だって意味ないじゃん。ただ考えているだけじゃ、何も変わらないもん」
ヒツジ「そもそも意味があるってどういうことだ?」
マイ「だから、意味があるってことは、それによって何かが変わるってことでしょ。考えているだけじゃ何も変わらないから意味が無いって言ったの」
ヒツジ「考えているだけじゃ何も変わらない?」
マイ「そうでしょ」
ヒツジ「変わるじゃねえか」
マイ「何がよ」
ヒツジ「考えが」
マイ「バカじゃないの」
ヒツジ「やれやれ、お前にバカ呼ばわりされるとはな」
マイ「考えが変わっただけで、行動が変わらないことが意味ないって言ってるんでしょ」
ヒツジ「お前は、考えずに行動するのか?」
マイ「なに?」
ヒツジ「行動する前に考えないのか」
マイ「考えるわよ、当たり前でしょ」
ヒツジ「だとしたら、行動の前に考えがあるわけだろ。考えによって行動が起こるわけだ。それなら、行動だけ変えて、考えを変えないなんてできない相談じゃないか。行動が変わったっていうことは考えが変わったということであり、考えを変えれば行動も変わるだろう」
マイ「そ、そんなの屁理屈じゃん!」
ヒツジ「どこが屁理屈だ。まっとうすぎるほどの理屈だろう」
マイ「だったら、その考えでもって、今すぐ何かしらの問題……たとえば、環境問題を解決できるっていうの?」
ヒツジ「お望みとあらばな」
マイ「ウソでしょ!?」
ヒツジ「ウソじゃない。今すぐ環境問題を解決してやろう」
マイ「やってみなさいよ」
ヒツジ「まず、環境問題っていうのは、何が問題なんだ?」
マイ「なんですって?」
ヒツジ「だから、環境問題っていうのは何が問題なんだよ」
マイ「何がって、人間の活動のせいで環境が汚染されて、その結果、人間が生存できなくなることが問題なんでしょうが」
ヒツジ「人間が生存できなくなることの何が問題なんだ?」
マイ「何がって……問題に決まってるでしょ!」
ヒツジ「オレはヌイグルミだから、人間が生存できなくなって滅んでも何も問題とは感じない」
マイ「あんたにとってはそうでも、人間にとっては問題なのよ!」
ヒツジ「お前たち人間はいずれ滅ぶよな」
マイ「まあ、いずれはね」
ヒツジ「だとしたら、環境問題で滅びなくてもいずれ滅びるわけだから、それは早いか遅いかの違いに過ぎないとも言えないか?」
マイ「早いか遅いかって言われたって、現に今生きている人にとってはそれが全てでしょ? 早かったら自分たちが死んじゃうかもしれないわけだから。わたし、環境問題なんかで死にたくないし」
ヒツジ「仮に環境問題で死ななかったとしても、人はいずれ死ぬよな? お前はいずれ死ぬ。だとしたら、それも早いか遅いかの違いでしかない。人にとって、生存することはどうして大事なんだ? そもそも、人はみな、たまたま生まれてきたに過ぎないのに、生きる意味なんてあると言えるのか?」
マイ「…………」
ヒツジ「これで環境問題は解決がついたな。環境問題なんてものは何も問題じゃないという解決が」
マイ「そ、そんなのズルじゃん!」
ヒツジ「何もズルくない。お前たち人間は、きちんと物を考えないから、もともと問題でも何でもないことを問題視して、その問題と戯れているに過ぎない。さっきお前が言ってたマルクスの言葉に戻るけどな、『哲学者たちは世界をさまざまに解釈したに過ぎない。大切なことは世界を変えることである。』ってやつだが、それ自体が、マルクスの世界解釈の可能性だってことも考えられるだろ?」
マイ「どういうこと?」
ヒツジ「世界というものを変革する対象としてとらえたそのとらえかたは、世界解釈の一つに過ぎないかもしれないじゃないかと言っているんだよ。こういうことを考えるのも考えのうちだ」
マイ「じゃあ、考えることって意味があるってこと?」
ヒツジ「お前ら人間は、意味があるとか無いとかいうことによっぽど敏感なようだが、あることに意味があるかどうかっていうことが、やる前から分かるわけないだろう。考えても意味があるかどうかなんてことは、結局の所は、考えてみなければ分からない話だ」
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