第8話 写真撮ってばかりいる人って、本物に興味無いの?
〈登場人物〉
マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。
ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。
マイ「どこに行っても、スマホでパシャパシャやってる人がいるけど、ああいう人たちってバカじゃないの? 目の前に本物があるのに、それに目もくれず、写真ばっかり撮ってるなんてさ」
ヒツジ「まあ、バカとまでは言わないが、少しやりすぎの感はあるな」
マイ「SNSに上げるためかなんか知らないけどさ、わたしは、ああいう時間ってホント人生の無駄だと思う」
ヒツジ「ほお、人生の無駄?」
マイ「たとえば、美味しいランチを食べるとき、それを写真に撮るなんてことするんじゃなくて、自分の目で見て、鼻で匂いをかいで、口で味わってって、そういうことに時間をかけるべきでしょ。じゃなかったら、食べる意味ないじゃん」
ヒツジ「写真撮ってから、そのあとに、現にそうするんじゃないか?」
マイ「そうかもしれないけど、でも、ああいう人たちって、写真を撮るのが主目的で、食べるのなんて二の次になってる気がする。そんなに写真が好きなら、その料理の写真をどっかから引っ張ってくればいいじゃん。どうせ誰かが先に撮って、どっかにアップしてるんだから」
ヒツジ「そりゃそうかもしれないが、自分で写真を撮ること自体も、楽しみの一つなんじゃないか?」
マイ「楽しみって言うなら、目の前に本物があるんだから、それを楽しむべきでしょ?」
ヒツジ「お前にしては珍しく正論だが、間違っているな」
マイ「どこがよ!?」
ヒツジ「人はそもそも美しいものを保存したいと思うものなんだ。綺麗な花を見たとき、その姿を保存したいと思う。美味しそうな料理が出てきたとき、その美味しそうな様子を保存しておきたいと思う。それらの美しいものっていうのは、つまり過去だ。人は過去を保存したいんだよ。それが写真を撮る最も素朴な動機で、SNSにあげるかどうかなんてことは大した問題じゃない」
マイ「保存するなら、心に保存しなさいよ。わたしは、パシャパシャやるくらいなら、美味しい料理をさ、ゆっくりと味わって、心で覚えておくわ」
ヒツジ「じゃあ、お前は、たとえば、小学校の修学旅行では写真撮らなかったのか?」
マイ「撮ったよ、当たり前じゃん」
ヒツジ「おい」
マイ「だって、あれは記念だもん」
ヒツジ「だったら、SNSにあげるために撮る写真だって記念とも言えるわけだから、
文句を言う筋じゃないじゃねえか」
マイ「毎日のように、料理とか子どもの様子とか撮っているああいう写真の、どこが記念なのよ」
ヒツジ「考え方次第だろ。毎日が記念日だとも考えられるからな」
マイ「バカバカしい。記念っていうのは特別ってことでしょ。特別がどうして毎日あるの?」
ヒツジ「じゃあ、どうして、記念日には写真を撮らなきゃいけないんだ? 心で覚えてりゃいいだろ。なんで修学旅行のときに、写真撮ったんだよ?」
マイ「わたしが撮ってたわけじゃないわ。学校で頼んだカメラマンとか、友だちが撮ってただけよ……どうして記念日に撮るかって言えば……まあ、人生の節目にする記念行事的なものだからじゃないの?」
ヒツジ「どうして記念日に写真を撮るかの理由が、『記念行事だから』じゃ、理由になってないだろ」
マイ「節目にあったことを、みんなであとから思い出したいんじゃないの? 一人一人の記憶って違っちゃうからさ、その点写真があれば、ちゃんとした証拠があるわけだから、ある程度正確に思い出せるでしょ?」
ヒツジ「それが過去を保存するっていうそのことだろ。人は過ぎ去って帰らないものを、それでもなおそこに留めたいと思うものなんだよ」
マイ「わたしは全然そんなこと思わないわ。全部覚えてればいいし、覚えてないものなんて、自分にとっては、大したことなかったってことでしょ」
ヒツジ「写真は、鮮明にそのものを映し出してくれるからな。対して、記憶の方は細部を再現できない場合が多い」
マイ「だから、再現できない細部なんていうのは、現に起こったことの中で大したことなかった部分だってことで、そんなところまで覚えている必要は無いって言ってんの」
ヒツジ「必要を感じるかどうかは、個人の問題だろ。お前は感じないかもしれないが、写真を撮っている人間は感じているわけだ」
マイ「それだから、バカじゃないのって言っているのよ。目の前の現実を楽しまないで、写真撮ることを楽しむなんて。あんまり言いたくないけどさ、うちのお父さんもなんかあるたびにわたしの写真撮るけど、ホントやめて欲しい。すぐ目の前に本人がいるんだから、本人を見ればいいでしょ」
ヒツジ「実際に、見つめられたらどうするんだよ?」
マイ「『キモいからやめてよ、お父さん』って注意する」
ヒツジ「そういうことがあるからよっぽどだろ。現実にお前のことを見ることができないから、撮った写真を見るわけだ。写真は文句言わないからな。それに、見なくても、写真に撮っておけば、いつでも見られると思って安心もできる。お前みたいに可愛げがない娘でも、父親からすりゃ可愛いもんで、その姿を保存しておきたいと思うんだろ。察してやれ」
マイ「『可愛げがない』は余計でしょ! ……とにかく、わたし自身は、過去なんて保存しない! 現在に生きる!」
ヒツジ「まあ、それはお前の自由だからな、好きにしたらいいさ」
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