第5話 宗教なんて全部なくなればいいのに!
〈登場人物〉
マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。
ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。
マイ「宗教を信じている人ってバカじゃないの? いもしない神様なんて信じてさ、それで自分を救ってもらおうなんてさ」
ヒツジ「まあ、昔よりは宗教が力を失ったのは事実だな。『神は死んだ』なんて言った哲学者もいたしな」
マイ「宗教なんてものがあるからさ、それで戦争になったり、お金をだましとられたりするわけでしょ。あんなもの、全部なくなったら、世の中せいせいするじゃん」
ヒツジ「世の中、お前の頭の中みたいに単純には行かないと思うけどな」
マイ「なによ!?」
ヒツジ「仮に、この地球上から綺麗さっぱりと今ある宗教がなくなったとしても、必ず、新たな宗教が現われる」
マイ「なんで、そう言い切れるの?」
ヒツジ「それは、人間の心の働きに、『信じる』があるからだ。問題はこの事実で、今ある宗教なんてものは大した話じゃない」
マイ「どういうこと?」
ヒツジ「たとえば、お前が、試験勉強をするときに、その試験の合格を信じて、勉強するよな?」
マイ「当たり前でしょ。落ちようと思って勉強する人なんかいないわよ」
ヒツジ「なんで、合格を信じるんだよ」
マイ「なんでって……そうしなきゃどうするのよ?」
ヒツジ「だろ? 信じるっていう心の働きは、いまここに無いものをあると思いみなすことだ。この働きがなぜあるのかと言えば、人は、いまここにあるものだけじゃ満足しないからだ。この心の働きがある限りは、既存宗教が綺麗に無くなっても、人の信仰心は消えはしない」
マイ「ちょっと待ってよ! そんなの全然話が違う! なんで神様を信じることと、試験の合格を信じることが、同じ心の働きってことになるのよ!」
ヒツジ「お前が試験の合格を信じて勉強しているとするよな。そのとき、こう言ってくるやつがいたらどう思う? 『あなたは試験に合格しません。というのもこれまでのあなたの生き方が悪いものだったから、その報いを受けるのです。でも、心配しないでください。このおふだを買えば、あなたの人生は浄化されて、試験にも必ず合格します』」
マイ「バカじゃないの? そんなの信じるわけないじゃん」
ヒツジ「まあ、普通に考えればバカバカしい話だ。ただ、この手の話に引っかかるヤツというのは必ず出てくる。なぜか。それは、信じるっていうことが、『今ここに無いものをあると思いみなす』ことだとすると、まさにそうであることによって、今ここに無いものが手に入ることに保証が欲しくなるからだ」
マイ「試験の合格を信じるってことで、試験の合格を保証してくれるものが欲しくなるってこと?」
ヒツジ「そういうことだ。そうして、人は存在しないものを欲しがることはできないわけだから、試験の合格を保証してくれるものは存在することになる。普通に考えれば、合格を保証してくれるものというのは、自分の努力ということになるだろう。あるいは、裏口入学みたいな裏工作とかな」
マイ「裏口入学なんて卑怯じゃん」
ヒツジ「今は、正々堂々としているか卑怯かなんて話は関係ない。それでだ、保証に関して、そういう人為的なものだけで人は満足できるかと言えば、なかなかそうはいかない。いくら努力しても落ちることもあるし、裏工作にしても相手に裏切られることもある。絶対に保証してくれるとは言えない。そこで、もっと強力に保証してくれるものが欲しくなるわけだ。それが、信仰につながる」
マイ「そんな人、心が弱いんだと思う」
ヒツジ「心の強さ、弱さなんてものとも関係ない。『信じる』という心の働きそのものから導き出されることだからな。だから、これは、誰にでも可能性のある話だ。絶対に儲かるって言われて投資して大損した人のニュースがよくあるよな。あれを見て、『絶対に儲かるなんてあり得ないだろ、そんな話うのみにするなんてバカじゃないか』と人は思うだろうが、あれは、そうやって笑っている人にも現に起こり得ることなんだ」
マイ「信じることで、その保証が欲しくなって、それが信仰につながるんだとすれば、何も信じなければいいわけ? 今ここにあるものだけで満足すればいいの?」
ヒツジ「理屈はその通りだが、そんなことができるかな。現に試験の勉強をしているときに、試験の合格を考えることなく、勉強それ自体をするなんてことが。そもそも、試験勉強っていうものは、試験の合格のためにするためのものだろ」
マイ「……勉強それ自体を楽しむとか?」
ヒツジ「それができればな。楽しむっていうのは、決定的に重要なことだろうな。楽しんでいるときは、後先のことなんて考えたりしないからな。今ここをずっと楽しむことができれば、信仰心も無くなるかもしれないな」
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