「劣等生」「猫」「重力」
猫を高いところから落としても上手く着地して必ず生還する。そんな話を聞いたから試してみた。当時の愛猫だったキロスはマンションの前で潰れた。母親からこっぴどく叱られたが私が悪かったとは今も思っていない。
何も理解できない私を見て諦めた母親は、最後に泣きながら私を抱きしめた。
「大丈夫。キロスはちゃんと天国に行ったから」
なんだ大丈夫なのか、と思った。
人の言葉の嘘を見抜くのは難しい。私には人の嘘を見抜くことができない。誰かの嘘で何か良くないことが起きても私に非は無い。私に嘘を吐く人間が悪い。
「君はつらくないの?」
「つらい? どうして?」
「そうか、君は強い子なんだね。僕も君みたいになりたかったよ」
放課後の屋上には私とその子しかいなかった。
「勉強もできない。運動もできない。何もできない劣等生の僕は仲間はずれにされて当然だよね」
「そうかもね」
「僕はもう生きているのがつらいんだ」
「とっておきの方法があるよ。こっちに来て」
屋上のフェンスには一か所だけ穴が開いていた。私はその子を近くまで連れて行った。
「怖い?」
「……怖くないよ」
「目をつむって」
その子は力なく笑って私の言うとおりにした。
「大丈夫、もうつらくないよ」
私はそっと囁く。
大丈夫。重力に導かれた人は必ず天国に行けるから。
短編 蛍:mch @Hotaru_mch
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