第125話 それぞれの半月

 オルレオにとって修業とは、師であるガイと一対一形式で学ぶものだった。それ以外は自分で行う基礎鍛錬と野生の動物や魔物相手の実践だけ。しかし、今回は違った。


「っせい!!」


 オルレオの振るう刃が大牙猪ファンボアの皮膚を裂く。それでも敵の動きは止まらない。一撃が浅いのだ。


「馬鹿め! 剣だけで勝負を決めようとするな!! 盾で隙を作れ!!」


「ちぃっ!!」


 横っ飛びで距離を稼いだオルレオの前に怒り狂った大牙猪の牙が踊る。その一撃を盾で弾き首を上げさせる。そこに剣を叩き込んで頸動脈を切り裂いた。


「そうだ! それでいい!!」


 言いつつガイは汗一つかかず、息一つ荒げず、オルレオが一頭を仕留める間に七頭を仕留めていた。


 魔物との実戦の中で、ガイはオルレオに助言をしつつ魔物を狩り取っていく。オルレオはその助言を受けながら戦い続け、その中で新たに技を身に着けていた。先ほど猪の頭を跳ね上げたバウンスもそうだ。


「次の技だ!! よく見ていろ!!」


 突っ込んでくるひと際大きい大牙猪を前に、ガイが盾を構えた。そのまま突っ込んでくる大牙猪が足を踏ん張り、頭を一段下げた。そのまま牙の掬い上げを盾で受けるのかと思った瞬間、ガイがサイドステップで躱しながら盾の縁で大牙猪の頭を上から思いっきり叩きつけた。


大牙猪 はその威力と突進の勢いで盛大に前へと転がり飛んでいった。


「ディグと言う。四足の敵の頭を抑え込んで盛大に転がす技だ。腹を晒させてそこを突き殺せ」


 ガイが転がった大牙猪の腹に剣を突きたてながら言う。


「はい!!」


 オルレオは笑って頷いて、盾を構えた。



♦♦♦



「ふぬぬぬぬぬ」


 モニカは魔法の制御に手間取っていた。今行っているのは針山に立てた縫い針の穴に風を使って糸を通すという練習だ。


 これが中々に、というか驚くほどに難しい。風の威力がすこしでも強ければ針が倒れ、風の威力が弱すぎれば糸が動かず、力加減が上手くいっても穴を通すためには精緻な制御が必要となる。


「どぉおわあ」


 パンっと風の塊が目の前で炸裂した。上手いこと風の操作が効かず、抑えを失った風が舞ったのだ。


「くっそ」


「モニカ? 大丈夫ですか?」


 モニカを窺うように声を出したのはニーナだ。


「……そっちの方が大丈夫か?」


 が、声がした方を見たモニカは逆に心配になっていた。


「そ、そろそろ、キツいです……」


 ニーナの修行は何かというと並行処理の練習だ。特にニーナは魔力を高い出力で使おうとすると他のことが出来なくなる。これを克服するために、ニーナは魔力を最大出力で発揮しながら身体を動かしている。


 今はというと、魔力で次々に花を咲かせ、それを背負いながら腕立て伏せを続けている。背中から花を零してはならない。花を途切れさせてはならないという条件で腕立てを続けているが、花は今にも落ちそうになっている。


「あっ……」


 バサバサっと音を立てて崩れ落ちていく花々にニーナの姿が見えなくなった。


「おやおやまあまあ」


 そんな二人の様子を笑いながら見守る人がいた。


「こんな様子じゃあ、基礎練習だけで終わっちまうねぇ」


 ニーナの母だ。ニーナと同じくらいに若い姿だというのに纏う雰囲気と話し方は老境に入っているかのようだった。


「こんなところで足踏みしていたらもう一人の男の子についていけなくなっちまうんじゃないかい?」


 その一言に、二人は修行を再開する。


「ひっひっひ、若いねえ」


 二人を見ながら、ニーナの母は老獪な笑みを浮かべていた。



♦♦♦



「どっせい!!!」


 オルレオは手にした盾で一角鹿モノディアの膝を叩き割る。そのまま首が下がり動かなくなったところで首を刎ねた。


「いいぞ! ディグは相手の頭を抑え込むだけじゃない。相手の足だろうと尻尾だろうと、地面と挟むことでダメージを与えることが出来る」


 言いつつ、一頭の一角鹿がガイに向かって突撃してきた。その動きを盾で捉えてそのまま横へと受け流した。


軸受けスラストって技だ。相手の動きを受けて流す。その際に少しだけこちらの力を加えることで相手の態勢を乱してやる」


 ガイから逸れていった一角鹿はそのままバランスを崩して倒れ込んだ。その首をガイが切り裂いて、オルレオへと顎をしゃくった。


 それを見て、オルレオは手近にいた一頭の目の前へと躍り出た。


 その動きを挑発と取ったのか、一角鹿はオルレオへと狙いを定めて突貫してきた。それを盾で一角鹿そのものを受け流そうとして、失敗した。


 一角鹿の角は弾けたがその体躯はそのままオルレオに向かってくる。それを踏ん張って盾で抑え込む。力づくで吹き飛ばされるのを阻止して、オルレオは一角鹿を押し込みつつ距離を離した。


「わかってるな!! オルレオ!!」


「もちろん!!」


 言って、オルレオは盾を構えた。


「出来るまでやる!!」



♦♦♦



「ふうぅぅ」


 モニカは腹の底から息を絞るようにして精神を集中させていた。剣の刃に風を纏わせそれを薄く強く鋭く研ぎ澄ませていく。


「ふっ!!」


 その剣を一つ振る。今までと違い、風が吹き荒ぶことなく静かな一閃がそこにはあった。


 その威力・切れ味も今までとは全く違った。子供の身長ほどの厚さがある鉄塊が綺麗に切断されていたのだ。


「とりあえず、及第点ってところか」


 剣を担ぎながらモニカはそう呟いた。


 その目の前を矢が奔った。モニカが切った鉄塊を通過していき、地面に突き立つ。


「おーおー、よく走ってんなあ」


 モニカの視線の先、走っているのはニーナだ。展開させた大弓を持ち、魔力を発揮しながら動き回り、矢を放ち、魔術を行使している。


 やがてモニカの隣までやって来て、止まった。


「おう! どうだ? そっちは?」


「ええ、及第点ってところですかね」


 その言葉を聞いて、モニカは笑った。


「アタシもおんなじこと思ってた」

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