第124話 半月の修行
「お~っす。ん? どうしたオルレオ、左手?」
「真っ赤ですね?」
夕刻、オルレオが“陽気な人魚亭”で食事を摂っているところに、モニカとニーナの二人がやって来た。二人の目は、力なくテーブルの上に置かれただけの腫れあがった左手に集中している。
「今日の修行でね。師匠に散々扱かれて、こう」
「でも、良い技は身に着けられたと思う」
ほんのすこしでも見誤ると盾を持つ自分の手が痺れて、それでも師は手を緩めてくれなかった。だからこそオルレオはギリギリのところで粘り、踏ん張り、そして耐えきる中でようやく完璧に成功した。
結果が、酷使しすぎて力が入らなくなった左腕と、盾でどつきすぎて真っ赤に腫れた左手だ。
「ほ~ん……えらい自信だな」
「まっ、それだけの価値はあると思いたい」
オルレオからすれば、文字通り血がにじむほどの訓練をしたのだ。これで価値が無いとは思いたくないし、むしろこれから積極的に価値あるものにしていきたいと思っている。
「我々の方も順調に修行が進みそうです」
「ただ、こっちはちょっと時間がかかりそうなんだよなぁ」
そう、オルレオが師と修行している間、モニカとニーナもそれぞれ自分のこれからの目標のため、地力の底上げを図っていたのだ。そのために二人はある人物に教えを請いに行っていた。
ニーナの母親だ。
二人は幼少の頃から魔術に関して教えてもらっていたらしく。そのときはそれぞれに合った使い方を教わって、今まで磨いてきたということらしい。
モニカは風の魔術を。それも細かな制御を必要としない広範囲・高出力の技を中心に。これは保有魔力量が多く、かつ、細かなことを得意としないモニカの性格にあわせたもの。
ただ一つだけ、“
剣士として前衛に出るモニカに、これだけは何としてでも修得しろ、とニーナの母は嫌がる幼少のモニカを切々と諭しながら教え込み、それがもとで、モニカはちょっとだけニーナの母親が苦手になった。
ニーナは弓魔術と植物魔術を。弓を媒体として、普段から弓に魔力を溜めておくことで、強力な威力の矢を放ったり、植物を操ることが出来る。
弓を“展開”することで高威力、広範囲の技を細かく制御しながら使用できるけれども、デメリットとして動きを取りづらくなる。
もちろん、弓を“展開”せずに植物魔術を行使できるけれども、その場合は細かな制御が出来ず、流れ矢を味方に当てたり、植物魔術に味方を巻き込む可能性が上がるうえ、威力が足りない。
二人は、これまでの自分を見つめなおした上で、新たに目標を掲げたうえで、ニーナの母親に再度魔術の教えを請いに行った。
結果として、今日一日は魔術理論のお話を聞いていた。これから実技を熟しつつ、徐々に身に着けていくということで時間がかかりそうなのだ。
「しっかし、ニーナの母ちゃんは相変わらず話が長かったなぁ」
「まあ、魔術を精密に制御するとなると、どうしても細かな理論や手順が必要になりますから……」
「……そっちはそっちで大変そうだな」
魔術について、オルレオは門外漢なのでよく分からない。だが、細かな制御や出力、範囲など剣や盾とは違う苦労があるのだということは話を聞いて何となくわかった。
「ま、慣れりゃどうってことねぇよ。ただ、アタシとニーナはエテュナ山脈でのミッション発令まではこっちで修業にかかりっきりになりそうだ」
「どうせ修行をするなら、いっそ基礎からやり直すのもありかと思いまして、まとまった時間が必要なんです」
「と、なると、ここから十日以上は一人ってことか」
さてどうしようか、とオルレオが考え込んだそのときだった。
「ほう、ならちょうどいい。お前もその間に修行だ」
ガイが、カウンター座っていた。
「誰だ?」
「オルレオの知り合いですか?」
モニカとニーナが胡散臭そうな目でガイを見ながら問いかけると、オルレオはちょっと困ったような恥ずかしそうな表情で。
「俺の師匠です」
「コイツが……」
モニカが笑みを深めて獰猛さを剝き出しにする。
「この人が……」
ニーナはというと少し驚いたような反応だ。
「ていうか、いつからいて、どこから話聞いてたんですか?」
オルレオはそんな二人の反応を気にせず、ガイに問いかけていた。
「ついさっきだ。ここの酒が気に入っていてな。宿は別にとったがこうして飲みに来た。話についてはほぼ聞いていないから安心しろ」
クイっとグラスを傾けながら酒を飲む姿がなんとも様になっている。
「おい、オルレオ。こいつホントに強ぇのか?」
「少なくとも、俺は手加減されててもかすり傷一つつけれそうにないです」
モニカが小声でオルレオに聞き、オルレオは小声で返した。
「安心しろ。俺の強さなら半月後に嫌と言うほど目にすることになる」
それをガイはキチンと聞き取った上で、そう言った。
「つまり貴方もエテュナ山脈でのミッションに参加される、と?」
ニーナの言葉を聞きながら、ガイは追加の酒を注文してから。
「ま、そうなるな」
軽い調子でそう答えた。
「オルレオ」
そのうえで、オルレオへと言葉を投げた。
「残り半月くらい、徹底して鍛える。そのうえでお前がやれると思ったら、その二人と一緒に最前線まで引っ張って行ってやる。どうだ? やるか?」
その言葉はオルレオだけに投げたのか、三人全員に向けたのかは分からない。
それでも、答えは三人一緒だった。
「「「もちろん」」」
カラッとグラスを傾けながらガイは顔を伏せて笑った。
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