第123話 アベンジ

「まあいきなり真正面から敵の全力攻撃を受けきれとは言わん。どんな手を使ってでも妨害し、防いで、避けて、被害を最小化しろ。それが出来れば、向こうが余裕を失くして崩れていく」


 盾を持っていた左手の痺れを隠しながらガイは表情一つ変えずにオルレオへと教えを説いた。


「はい」


 頷くオルレオを見ながら、ガイは自分の左腕が回復するまでまだしばらく時間がかかりそうだと思い、他に何か話しておくことはあるかと考え込んだ。


 すると。


「あの、師匠」


「なんだ馬鹿弟子」


 都合よくオルレオの方から話しかけてきたので、ガイはこれ幸いとのっかることにした。


「その今みたいなんじゃくて、こう、なんか盾の技みたいなのってないんですか?」


「盾の技、ねぇ……」


 ふむ、と少しばかり考えるふりをしてガイは時間を稼いでいた。腕の痺れはだいぶ引いては来ていたが、技を実践しろとなるとまだちょっとキツイぐらいにはダメージが残っている。


「相手の動きを封じるバインドと、相手の一撃を跳ね返すリペルはもう教えたはずだが……どうだ? 使いこなせるようになったか?」


「バインドは使えるようにはなってきたんですけど、リペルについては難しすぎて、いまのところ一回も成功していません」


「おう、成功できるまで繰り返しておけ」


 オルレオの回答にそれはそうだろう、とガイは納得していた。リペルという技はそれだけ難しい技なのだ。リペルは相手の攻撃を利用したカウンター技でなおかつ、相手にダメージを与えて態勢まで崩させる、いわば絶好の機会を作り出す技だ。ガイが知る限りでも使いこなせる人物は両手の指に届かないほどしかいない。


 そのとき、ふっと、ガイはある技を思いついた。同じようなカウンターの技でなおかつ今の自分が味わった思いをさせられる技だ。


「そうだな、丁度いい技がある」


 軽く左腕を回して確認してみるとまだ若干の痺れはあるが、それでも今からする技くらいはまだできそうだ、とガイは判断した。


 ガイが盾を構える。剣は、抜かなかった。


「撃ち込んで来い」


 その声を聞いてオルレオは呼吸を練った。


 それを見たガイはちっと舌打ちを一つ鳴らして、軽く本気になった。もう一度あの威力を喰らえば、さすがのガイでも一日は痺れが抜けなくなるからだ。


 オルレオが大地を蹴って猛然とガイに襲い掛かる。今度の一撃は下段からのワインドアップではなく―全体重と膂力を合わせた渾身の斬り落としだ。


 その一撃をガイ盾を引いて、殴りかかるようにして受け止めた。


 ガンと大きな音と火花が散って、両者の動きが止まった。


「いっ、痛ってぇ~~~!!!!」


 大きな叫び声はオルレオから発せられたものだ。


 ガイはというと首筋にうっすらと汗をにじませただけで、平然とした顔を装っていた。本当のところは、二度も全力を受け止めた痛みで悪態の一つでも着いてやりたい気持ちを隠しているだけなのだが。


(まったく馬鹿力め……)


 ガイが小さく呟くも、オルレオは痛がっていて耳に入っていないようだ。


「大袈裟に痛がるな馬鹿弟子!!」


 自分が痛みを表に出せないイラつきをぶつけつつ、ガイはオルレオを静かにさせた。


「今のが、逆撃アベンジ。盾を使ったカウンターの一種だ」


「アベンジ……」


「相手の剣を剣や盾で受け止めるか、避けたところを素早く剣で斬り付けるのがよくあるカウンターだが、これはちょっとだけ違う」


 うんとガイが目線だけで促すと、オルレオが上段に剣を構えた。


「ゆっくりと振り下ろしてこい」


 オルレオがゆっくりと剣を振り下ろす途中で、ガイが盾をぶつけるように突き出した。


「相手の剣がまだ中途半端な位置にあるところを盾でぶん殴る。このとき横に弾いたり逸らしたりするんじゃなくて盾の中心で剣の中心をまっすぐに捉える。すると」


 カンと軽い音が鳴って剣と盾が合わさった。


「相手の剣が盾の表面で止まり、衝突のダメージが相手と自分に降りかかる。このときに相手の剣に勢いが載っているとこちらの手の方が痛くなるから注意しろ。相手に多くダメージをのせるには剣の勢いがないうちに、盾で殴りつけて動きを止める。これがこの技の術理になる。いいな?」


 こくん、とオルレオが首を縦に頷いた。


「なら師匠、師匠も今、腕が痛かったりするんですか?」


「あん? そりゃちょっとは痛むがな。俺くらいの達人になるとほとんどのダメージは相手の方に流せる」


 ちょっと、と右手の指で表現しながら、ガイは盾を持った左腕から力を抜いてぶらぶらと休ませていた。


 オルレオは、というとそんな様子に気づくことなく、ガイに尊敬のまなざしを向けていた。


 こういうふうに真面目に剣術や盾技を教えてくれる時のガイは、オルレオにとっての憧れであった。


「よし、ということで、今度は俺からお前に打ち込んでいくから上手く返してこい」


 ようやく、ガイは剣を抜いた。左手は脱力したままだ。


「わかりました」


 今度はオルレオが盾を前に構えた。


「もちろん今日も」


「出来るまでやる!! ですよね!!」


「その通りだ!!」


 ガイが、今日受けた二発分の怒りを発散させるべく、そこそこ全力を出してオルレオへと斬りかかる。


 それを見たオルレオは俄然やる気を出して嬉しそうに師の剣を迎え撃とうと盾を振るった。

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