第2章第3節 盾を掲げて
第122話 一番嫌なこと
大牛退治を終えて数日が経ったある日、オルレオは、闘技場の底で師匠であるガイと向き合っていた。今日は月末ではないが、ガイの都合で約半月早い修行の日となっていたのだ。
「師匠、俺に、盾で仲間を護る方法を教えてください!!」
そんななかで、オルレオは初めて自分から盾の扱い方を師にねだっていた。今までのオルレオは剣技ばかりを習いたがって、盾については剣を覚えるために已む無くとでも言いたげな態度だったというのに、真剣な表情で頼み込んでいた。
「ほぉう」
その弟子の言葉にニヤリと笑って見せたガイはどこか面白そうにオルレオを見つめるだけで、何も言葉を返さなかった。
「あの……師匠?」
「なんだ? 馬鹿弟子?」
「いえ、あの、俺に!! 盾で仲間を……」
聞こえていなかったのか、とオルレオがもう一度言い直そうとしたところで。
「それはもういい」
ガイが軽く手をふりながら止めた。そして珍しく盾を正面に構えて、その半身を隠しながら右手で軽く手招きをする。
剣は、持っていない。
「取り合えず体験した方が手っ取り早いだろう? 俺が良いというまで攻撃を続けろ。無論、本気で、だ」
言葉が終わると同時、オルレオは全速力で突っかけた。
オルレオにとって、こうなることは予想済みだった。彼の師はいつだって実戦形式で身体に叩き込むことから修行を始めてきたのだから。
オルレオは今回も同じことになると踏んで、上手く気配を隠しながら話を進め、そして話を終えた直後を選んで抜剣もせずに走った。
初撃は剣を鞘ごと剣帯から引きはがした横殴りの一閃。
対するガイはつまらなそうにため息をついて、盾の縁を突き込んできた。
タイミング的には相打ちになるはずの互いの攻撃は、オルレオの首元に打撃を与えるだけでガイには掠ることもできなかった。
攻撃の一瞬、ガイは軽い横ステップで攻撃を回避し、オルレオの喉に叩き込んだ盾で腕の動きを妨害したのだ。
そのまま、ガイはオルレオを蹴り飛ばして無理矢理に距離を作った。
「奇襲にしては遅いうえに意外性が無さすぎる。ゼロ点だな」
そう冷静に評価しているガイの目の前に鞘の先が襲い掛かってくる。
右腕で弾くと、やけに軽く簡単によそへと飛んでいく。
その隙を、オルレオは見逃さずに右側から回り込んで下段から剣を斬り上げようと動き、その剣先がわずかな間、地面へと縫い留められた。
ついで、オルレオの顔面にガイの右裏拳が振るわれる。それを後ろに重心を傾けることで何とか鼻先で回避したオルレオは今度は自分から後ろに跳んで距離を稼いだ。
地面には、剣先の後がくっきりと残されていて、ガイの足がそれよりも前に踏み出されている。
剣を踏んづけられたのか、とオルレオが気が付いて前をむくと、ガイは挑発するように手招きをした。
それを受けて、オルレオはかえって冷静に足を止めてガイとの間合いを取った。
そして、わずかに乱れた息を調息しようとした息を吐いた瞬間、ガイが一気にこちらへと飛び込んできたのだ。
「っく!!」
息を吐いた直後というもっとも動きづらい瞬間を狙われたオルレオは牽制のためにまっすぐに剣を突いた。
その剣先をガイは盾の縁で滑らせるようにしながら大きく逸らし、そのまま剣を盾で抑え込んでしまった。
オルレオが咄嗟に剣を手放して距離を稼ごうとしたところで、ガイはオルレオの首筋に手刀を添えた。
「とりあえずは、ここまでだ」
スッと、全身から力を抜いたガイがオルレオから離れていく。その様子を眺めながらオルレオはグッと右こぶしを握り締めていた。
「で、どうだった?」
ガイがオルレオも見ながら、曖昧で何を聞いているのか要領が得ず、なんとでも答えられそうな問いを発した。
それを受けてオルレオは、飾ることの無い本心だけを口にする。
「何もさせてもらえませんでした!!」
その思いだけがオルレオの胸中に渦巻いていた。そのことを悔しいとも情けないとも思えなかった。あるのはただただ力の差を思い知らされた、その実感だけ。
「それが、分かれば上出来だ」
にッ、と薄く口に笑みをのせたガイが、ゆっくりと口を開いた。
「仲間を護るために一番必要なのは何かっていうと、単純に“敵の思い通りにさせない”ってことだ。ちょうどさっきみたいに、“敵の攻撃の出鼻を崩す”、“わざと隙を突かせて動きを限定させる”、“仕切り直しを図ろうとしたところを邪魔する”、あとは“コチラを突破して後衛に仕掛けようとしたところを仕掛けて横合いや後ろか襲い掛かる”、“別の前衛に目をとられたところを突く”、“後衛からの攻撃を防いだところを逆手に取る”なんてのも有効だ」
そこまでを聞いて、オルレオは少し不満を思った。だってそんなことは……
「そんなことは、百も承知。なんたって攻撃を仕掛けるときと同じじゃないか、ってところか?」
考えていたまさにそのことを言い当てられてしまい、オルレオは目を丸くした。
「あいかわらず考えが顔に出るな、馬鹿弟子」
呆れたような物言いのガイが、説明を続ける。
「結局のところ、攻撃だろうが防御だろうが本質は一緒だ。相手の思惑を潰してコッチの狙いを突きとおす。それが出来た方が勝つ」
それでも納得がいかない様子のオルレオにガイは軽く頭を掻いてから付け加える。
「そのうえで、敵が攻撃するときに一番やられたくないのはなんだと思う?」
その言葉にオルレオはすぐに答えが出てこなかった。自分がされて一番いやなことはなんだろうかを考えて、モニカならニーナなら、そして目の前の師匠ならばどうされるのを一番嫌がるだろうかとじっくりと考えて。
「自分の会心の一撃を見切られて避けられるのが一番いやだと思います」
ガイはその答えに首を横に振った。
「半分正解、半分間違いってところだな」
そこまでを言って、ガイは盾を構えた。
「オルレオ、今、お前が出来る最高の剣技を見せてみろ」
オルレオは慌てて剣を下段に構えて呼吸を整えた。大きく呼吸をしながら自分の身体からゆっくりと力を抜いてからじわじわじわじわと溜め込んで、一挙に炸裂させた。
踏み出した脚の力を、地面からの反発力まで全部ひっくるめて腰、肩、腕へと連動させてそこにさらに魔力を上乗せしたうえで、オルレオは師の盾を思いっきり切り裂くつもりで全身全霊の一撃を放った。
だが、現実は無常だ。
オルレオの本気の一撃は師の盾を斬るどころか表面に傷さえつけることが出来ず、さらには盾を持った腕をわずかばかりも動かすことが出来なった。
「で、どうだ?」
オルレオの中で答えは聞かれる前から決まっていた。
「一番いやでした」
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