第117話 進化する魔獣
直後、聞き覚えのある咆哮がオルレオの耳朶を打った。
「GYAAAAOOOOOOO!!!!」
「この声……
オルレオ達から少し離れたところで、一つの影が地上から空中に舞い上がる。大きな翼を広げ、悠々と大地から空へと駆けたのは見間違いようがない、翼竜だ。二本の脚で獲物を狙うように空から地面を睨みつけているように見える。
「ダヴァン丘陵の掃討戦から逃げた個体でしょうか?」
「こっちに気が付いてくれっと面白いんだけどなあ?」
面食らったように空を見上げたオルレオとは対照的に、モニカとニーナは冷静だった。
モニカはニーナの前に陣取りいつでも戦えるように剣を構え、ニーナは弓を取り出し矢を番えようとして、咄嗟にオルレオがそれを止めた。
「いや、もう別の相手と戦っているみたいだ」
オルレオが空に浮かんだ影を指さしたところ、影はそのまま地面へと急降下していき始めた。それはまるで、かつて自分が攻撃されたときのことを遠くから眺めているような光景だった。
「GYA!!??」
その姿が再度見えなくなった瞬間に、翼竜の驚きに似た苦痛の声が響き渡る。
「お? どうやらご自慢の急降下突撃が失敗しちまったみてえだな。ってことは翼竜退治はお預けだな」
「と、なるとかなりの実力者が相手取っているんでしょうね……騎士団の方でしょうか? それとも傭兵?」
構えていた剣を肩に担いで臨戦態勢を取っていたモニカは、降って湧いた翼竜と戦えなくなったことを残念がるようにため息を吐き、ニーナは矢筒に矢をしまいながら目を細めて戦いの相手を見ようとしていた。
「残念ながら、ここからだと全く見えませんね」
「なら、ちょっと行ってみようぜ? もしかしたら大牛の目撃情報とかあるかもしれねーし」
モニカとニーナがそう言って歩き出そうとしたその瞬間。
「BMoOOO!!!!」
翼竜のものとは違う、大気を震わせるよな雄たけびが響き渡った。
「今のは!?」
「オイオイ!? マジか!?」
「……行こう!!」
オルレオは二人よりも先に今もなお戦いが続いている方へと走り始めた。自分の身を盾で隠すようにしながら、だ。
そのオルレオの姿に、モニカとニーナも武器を構えなおして後に続いた。盾を持つオルレオが何があっても良いように先頭を行き、すぐ後ろでニーナが索敵、後方の警戒をモニカが担った。
翼竜が降り立った方向へ歩き始めたオルレオ達は、戦いの音を頼りにその現場へと向かっていた。倒される木々のざわめきが、咆哮が、激突音が、徐々に大きくなってオルレオ達三人を導いていく。
そうして、周囲一帯がなぎ倒されて広場のようになった森の一角でオルレオ達は一つの結末を見た。
翼竜の胸に大牛のツノが突き立ったのだ。
翼竜の攻撃のタイミングは悪くなかった。大牛の突撃を上空に飛んで躱し、その後背をついて首筋に両脚の鋭いかぎ爪を喰いこませようとした。ここまではよかったのだ。
直後、信じられないことが起こった。大牛がターンしたのだ。前脚を踏ん張るように前傾に倒れ込むようにしたかと思えば後肢を投げ出すようにきれいに半回転。そして地面に突き立てるように着地をしたところで、前脚に溜まった力を解放するように伸びあがり、ツノでかぎ爪を弾き、勢いそのままに翼竜へと致命の一撃を穿ったのだ。
「今!!」
その瞬間をニーナは見逃さなかった。戦いに決着がつき、自分の武器を使用していて、さらには敵を貫いたせいで身動きを取りづらいその状況。大牛にとって最大級の隙を突いて、ニーナは素早く矢を放った。
オルレオの顔のすぐ右を風切り音と共に飛び行く矢は寸分たがわず大牛の目に突き立とうとして、ガンっと鈍い音を立てて弾かれた。
「BUUUMoOOO!!!!!!」
勝利の雄たけびか、それと新たに現れた敵への威嚇か、はたまた勝利の余韻を邪魔された苛立ちなのか、辺り一帯に響くような大声で咆哮を挙げた。
「離れて! このまままっすぐ、俺の後ろに!!」
その声を、始まりの合図だと受け取ったオルレオがニーナにまっすぐ下がり、自分の影に隠れるように告げたところで、大牛に動きが、いや、大牛が俄かに輝き始めた。
「なんだこれ!?」
盾で光を遮るようにして相手の姿を見ていたオルレオは、大牛が先ほどまでよりも大きく、そしてみるからに筋肉質になっていくのを見た。
「コイツ!? デカくなってるぞ!?」
「魔獣だったってことかよ!?」
「それも、今、まさに、進化してるってことですか……!?」
オルレオのその言葉に、モニカとニーナも反応した。モニカもニーナも敵が輝くせいで出来たオルレオの影を踏むようにして並び、それぞれの武器を構えた。
「BUOOOOOOO!!!!」
光が収まる前に、先ほどまでよりも重厚に重低に響く叫びが響いた。次いで地面が弾むように揺れるのを感じ取ったオルレオは、盾を握る手に力を込めて両足を踏ん張った。
「BuMUU!!?」
激突の瞬間に合わせて手首から肩、足先まで全身を使って勢いを殺したオルレオはそれでもその場に留まり切らず後ろに押しこまれていく。
その手応えに大牛は奇妙を感じとったのか。唸り、頭を振るようにしてオルレオを弾き飛ばそうとする。
そうはさせまいとオルレオは凧盾を器用に両のツノの間に挟み込むようにして構えると相手の出足と頭の動きに合わせて器用に身体ごとずらしながらその力をイナして徐々に大牛の足を止めさせた。
「油断大敵ってな!」
「ここで!」
その隙を見逃す二人ではなかった。オルレオが真正面から大牛を受け止めている間に横へと回り込んでいたのだ。
風の魔法を込めたモニカの一撃が大牛の首を断たんと振り切られ、ニーナの矢が心臓を射止めんと弓から放たれた。
「BUUUUMOOOBUUUUUU!!!!!!」
が、残念なことに大牛が挙げたのは断末魔でも悲鳴でもなかった。怒声だ。後ろ足で思いっきり立ち上がるようにして盾のくびきを脱し、そのまま体全体でオルレオを押しつぶさんとしてきたのだ。
「ッチィ!?」
「なんと!?」
本来ならどちらともに死に至らしめるに十分な鋭さを持っていた一撃。しかし刃は肉は断てども半ばまでしか至れず、矢も刺さりはしたが浅かった。それを悟ったモニカとニーナは素早く下がって安全な距離を確保しにかかった。
一方、オルレオはというと、降り落ちてくる大牛の右足の前にいた。
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