第116話 盾を掲げて

 朝、少し冷え込んだ空気の中で目を覚ましたオルレオは手早く緩めていた装備のベルトを締め付けると軽く動きを確認したうえで、剣を帯革に吊るして凧盾カイトシールドを手に取り、テントから外に出た。


「お? 早いなオルレオ」


 火の番をしていたモニカがこちらを見ながら大きなあくびをしたのを確認して、オルレオは盾を置いた。


「おはようモニカ」


「おはようさん」


 ひらひらと手を振りながら立ち上がったモニカが腰に手を当てて伸びをしてから固まった関節をほぐす様に体を動かし始めた。


 オルレオも軽く体を動かしてからテントを片付け始める。ごそごそと動き始めた音で起こしてしまったのか、もう一つのテントからニーナが出てくる。


「おはようございます、モニカ、オルレオ」


「おはよう、ニーナ」


「おう、おはようさん……とりあえず、顔洗っとけ?」


 少し眠そうにまぶたをこすりながらニーナに優し気に声を投げかけて、モニカはそのままテントの解体を始めた。


 ニーナは、というと昨日のうちに汲んでおいた水桶の一つに顔をそのまま突っ込んでちょっとの間、ジッとしていた。やがて息が苦しくなったのかぷはっ、と大きく息を吐き捨てながら顔を上げた。


「ニーナは、ホントねぼすけだな」


 そんな様子を見ながら手を止めたモニカが愚痴るように笑うとさっきよりも頭がはっきりするようになったニーナが真っ赤になった顔を隠すように拭った。


 残念ながら、オルレオは作業中でその様子を見ることが出来ず、気が付いた時には既にニーナはいつものように冷静な顔つきに戻ってしまっていた。


 テントを片付け終わった、オルレオが火の近くまでやって来たところ、昨日にはなかった椅子代わりの丸太が三つ、そこにあった。


「あれ、これどうしたの?」


「ああ、斬った」


 ふっとモニカが指さす方を見ると、そこには半ばで断ち切られていた枯れ木があった。


「寝起きに火ぃ見ながらじっとしてるとまた眠くなってきちまってよぅ、軽く目ざめの運動ってところで」


 ふわっ、とまだ眠そうにあくびをしながらモニカが干し肉を火であぶっている。


 今もまだ眠たそうにしているモニカとニーナを見ながら、対して眠気を感じていないオルレオは不思議に思っていた。どうして自分はこんなにスッキリと目覚められたんだろうか、と。


 思い返せば、昨晩は交代で火の番をすることになり、最初にニーナ、次にオルレオ、最後がモニカの順番だ。


 オルレオは一度寝て、その後少し眠りが浅くなったところでニーナと交代してから火の番をして起きてきたモニカと交代して寝る、という一番面倒なところだったはずだ。


 だというのに、一回目も二回目もぐっすりと熟睡できて、まったく眠気がきていないというのは、師匠が夜中に叩き起こして急に模擬戦をやらされたりした経験が生きているのかもしれない。


 あのときはちょっぴり殺意を覚えたが、こうして役に立っていることを思うとほんの少しだけでも感謝してもいいかもしれない、そんなことを思いながらオルレオも携帯食料を温めながら食べていった。


 全員が、食事を終えたところを見計らって、モニカが立ち上がった。


「うっし、じゃ、ぱぱっと片付けて出発するぞ」


 その声に頷いて、オルレオ達は手分けして釜土を崩したり、鳴子やロープを片付けたり、燃えさしを土に埋めたりと撤収作業を終わらせていった。


 太陽はもう完全に姿を現しているはずだが、木々に囲まれたこのあたりだと、未だに陽の光は当たらず、空が青さを増していくばかりだった。


「ちょっと提案があるんだが、いいか?」


 いざ出発、というところでモニカが何時になく真剣な表情で二人に声をかけた。


「隊列なんだけど、普段はお前が先頭で行くけど、今回はニーナが先頭、真ん中にオルレオ、最後尾がアタシでいいか?」


「俺はいいけど……ニーナは?」


「私もそれで構いませんが……」


 理由は何か、と視線で問いかけてくるニーナにモニカは少し観念したように俯いた。


「理由は二つ。ニーナは先頭でとにかく大型の生き物の痕跡を見つけて知らせてほしいってのと、オルレオには敵に見つけられたときに、素早くカバーに入って欲しいってこと」


 指を二本立てながら、モニカはすぅっと息を吸った。


「ぶっちゃけた話、アタシは今回の件をたかが野良牛だって舐めてた。でも魔獣となったら話は変わる。もしソイツの突進をまともに食らったりしちまえば、アタシとニーナじゃ結構な確率で吹っ飛ばされて大怪我する……いや、最悪の可能性だってありうる」


 いつも楽観的なモニカが最悪を想定する―その事実にオルレオは驚いた。


「耐えられるとしたら、オルレオだけ、ということですね」


 そのことにニーナも気が付いていた。普通の牛でも大人の男一人二人は簡単に弾き飛ばす。これが魔獣なら、どんな結果になるかは簡単に想像できる。


 ニーナとモニカはそろって頷くと、二人してまっすぐにオルレオを見つめた。


「っつーわけで、アタシとニーナで何とかして大牛を探し出すけど、万が一の場合はお前の盾で護ってもらえないかって話なんだが……」


「正直なところ、護ってもらえると助かります……私、近づかれるとホント脆いんで……」


 モニカとニーナにそろって『護って欲しい』と言われると、オルレオとしてはグッとくるものがある。


 何せ二人は自分よりもずっとずっと強くて、色んなことを知っていて、いつも迷惑ばかりかけていると思っていたからだ。パーティを組むとなった時も足手まといになるんじゃないのか、なんて不安に思っていたのに。それでも、こうして頼られると嬉しい気分になるのは何故だろうか。


「わかった」


 導き出せる答えはただ一つ。


「二人とも大事な仲間だ。だから、俺が護るよ」


 オルレオは盾を掲げながら力強く宣言した。

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