第118話 護るために突き進む

 オルレオは逃げることなく踏みとどまる選択をした。それは何故か、と言われれば至極しごく簡単な理由、つまり勝算があって信頼しているから、だ。


 眼前に迫りくる巨体を目掛けてオルレオは盾を水平に、こちらから合わせにいくかのように迎撃を仕掛けた。


 それを察知した大牛は、揺らぐことも怯むこともなく、そのまま圧し掛かりにかかった。それが勝利への最適解だと知っているからだ。どれだけ向こうが策を練ろうとも、どれだけ相手の力が強かろうとも、単純な質量差を覆すことは至難の業なのだと理解していたから、大牛は攻撃の手を一切緩めなかった。


 大牛はオルレオを圧し潰そうと、自身の体重と落下の勢い全てをその前脚に込めて、思い切り繰り出した。


 対してオルレオはというと、待ってましたとばかりにその脚へと標的を定めて動いた。


 押し迫る右脚を前に、オルレオはすかさず盾を斜めにズラし、二つに分かれた蹄の外側へと押し当て、一気に全身の力を透した。瞬間、オルレオは自分の上から降りかかって来ていた力がわずかに牛の身体の内側へと逸れたのを感じ、すぐさま持てるだけの力を振り絞って右足を左足のすぐ近くまで、盾の表面を滑らせるようにしてエスコートした。


 右足と左足が、奇妙に隣り合う位置で着地しそうになったところで、オルレオは一気にバックステップ、無様に転がりながらもその場から脱出した。


 大牛は、というと倒れることこそしなかったものの、不確かな着地のせいで追撃に移ることも出来ず、態勢を立て直そうと足首から膝にかけて力を入れようとして、身体の両側からの攻撃を受けた。


 ニーナとモニカが息の合った連携攻撃を仕掛けたのだ。


 ニーナの放った矢が大牛の踵に突き立って、オルレオが崩した隙を拡げて、そこにモニカが突っ込んだのだ。風を纏い、剣を突き立てるように身体ごと突き込んだ一撃は、今度こそ大牛の喉を裂いて鮮血を散らした。


 致命傷確実の手ごたえを感じたモニカは大牛の身体に喰いこんだ剣を引き抜こうと両腕に力を込めて、気が付いた。


「まだだ!!」


 途端、モニカは全力で風をぶつけて無理矢理剣を引っ張り出すと勢いそのまま後ろに吹っ飛んでいった。


「BGUGHOGWOIO!!!!!」


 首を振りながらさっきよりも低い声で唸る大牛は、前脚で地面を掻いて頭を下げてツノを振り、今まで以上の闘志を振りだして、三人を見渡した。


 まずい、とオルレオは直感的に大牛へと距離を詰めて動き出した。


 位置取りが悪すぎる、と心の中で舌打ちしたオルレオは横目でモニカとニーアの位置を確認した。モニカは距離がやや離れているとはいえ、緊急避難的に風で吹っ飛んだせいで体勢が不十分だし、ニーナはばっちりと動ける状態だとはいえ大牛との距離が近い。


 それでも二人ならば大牛の突撃の一つや二つは上手いこと凌げるだろうが、こちらのフォローが間に合わなければ万が一のことがありえてしまう。


 だからこそ、オルレオは二人を護るために敢えて自分から危険に身を晒した。


 オルレオは左腰から剣を引き抜くことで大牛に自分の存在を強くアピールしながら意図的に盾を下げてまっすぐに突き進んだ。


 それをチャンスと取ったのか、それともピンチととったのか、大牛は視線をオルレオに固定して、そのツノを差し向けた。足はタイミングを計るように地面を削っている。


 踏み込みの場を整えるように迫りくるオルレオを迎え撃たんと力を溜める大牛を前にして、オルレオも右手の剣を肩に担ぎ、勢い込んで上段から斬り落とす気迫を持って間合いを詰めた。


 間もなく、オルレオの剣が大牛に届くといったところで、大牛は一気に地面を踏み込んだ。


 そこに、狙いすました一射が突き刺さる。タイミングも当てた位置もこれ以上ないというほどの洗練された矢の一撃は、今にも走りだそうとしていた大牛のヒザを真横から射止めた。


 だが、それを予見していたかの様に、大牛はその頭を下げていた。


 上段から真っ向に振り落とされるオルレオの剣を、下方から溜めた力を爆発させるようなツノの振り上げが剣そのものを弾くように撃ち合わされた。


 単純な力の差で、オルレオは負けた。剣が弾かれ、身体は後ろにのけ反らされて、無防備に身体を開いた。


 その隙だらけなところを狙って、大牛が動いた。跳ね上がった頭をすぐさま引き戻して、首と肩の筋肉を器用に使いこなしてまっすぐにオルレオへとツノを突き込んでいく。


 が、直前でオルレオは左手に持っていた盾を掲げた。


 大牛のツノは吸い込まれるようにして凧盾を打ち貫き、それでもオルレオには届かなかった。盾の動きでツノの先端をずらすと同時、左腕を伸ばして右足を退いて半身になり、すれすれのところで躱したのだ。


 そのまま、オルレオは盾を手放した。そして上半身のばねだけを利用して、剣を眼前の盾へと突き込んだ。


 盾はツノの根元まで突き刺さってしまい、そのまま大牛の視界の半分を塞いだ。


 それに苛立ったのか、大牛が頭を振り盾を払い取ろうとしたところで。


「今度こそ!!!」


 モニカが大牛の首、さきほど自分が突き込んだ傷を目がけて暴風を纏わせた剣を突き立てて、一挙に解放した。

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