第114話 牛狩りの打合せ

 机の半分を占領したのは大雑把な地図だ。


 中心にレガーノの街が、そこから西はタティウス断崖、北はダヴァン丘陵、東は領土境界にあたるフォルガ河、南はガローファまでが描かれたこの地図はその範囲内にある村々と大まかなランドマーク、水場が記されており、各村や街、ランドマークまでの道のりは大まかな方角と時間でしか記載されていない。


 つまりは、レガーノからガローファまでは平均的な大人の足で約二日、ダヴァン丘陵の入口までが鐘二つ時、タティウス断崖までが鐘三つ時、フォルガ河までが約四日といった具合にしかわからない。


 もちろん、これは天候などの条件が良い場合の話だ。雨や雪、他にも野生動物や野盗、魔物の襲撃などのアクシデントがあればかかる時間は大幅に変わってくる。


 街や村を行き来するのはそれだけ困難なことなのだ。


 そう、そしてそれだけ困難な中で広域にわたって被害をもたらす大牛を何とかして倒さなければならないのが、今回の依頼だ。


「まず、こういう場合って何から考えたらいいわけ?」


 真っ先に疑問を口にしたのはオルレオだ。なんか最近こういう役回りばっかりだな、とか思いつつ、まあ自分の考えと言うか知識が足りてないというかそういうのが原因か、なんて自分に言い訳するまでがワンセット。


「こういう場合は、被害の傾向を割り出すのが一番ですね。相手が何を優先してるのか、塒は固定されているのか、それとも移動していっているのかが、二番目」


 狩りの知識が豊富なニーナがそう答えると、顎に手をやったモニカが依頼書を確認した。


「……つっても、この依頼書には肝心の被害に遭った時期や場所が書かれてねーんだよなあ」


 言いつつ、横目でしっかりと宿の主人――マルコを捉えているあたり、どこに必要な情報が眠っているのか、モニカは理解していた。


「オーケー、そんなに睨むなよ、ちゃんと説明するって……」


 両手を上げて大仰に首を振っているマルコが、カウンターの下から分厚い木製のファイルを取り出した。


「一番最初が二十二日前に最南端のリノ、翌日にエルデス、二日後にルーテ、翌日、ヘンデ、そこから連日エルデス、ルーテときてメリダ、次にゲッド、そこからは毎日のように六つの村のどこかがやられてる……決まった順番や時間てのが無いみたいでそこで各村も手ぇ焼いてるみたいだな。朝方から真昼間の農作業中に出たり、夕刻、真夜中に人が居な時間に荒らしたりとやりたい放題みたいだ」


 依頼を出してきた代表からの報告をまとめた用紙を地図の上、被害に遭った村に被らないよう北の方に寄せて全員が見えるように置きながら、マルコが説明した。


 地図で見ると、一番南西にリノ、地図的にはルーテ、エルデス、メリダ、ヘンデ、ゲッドの順で北東に向かって点在しているが、現れたのは村が並んでいる順番ではない。


「ってことは、コイツは各村を行ったり来たりしてるんじゃなくて、どこかを経由して各村に向かってるって感じか……」


「でしょうね……村の間を行ったり来たりするなら、出没する場所に法則性が出るでしょうし……」


 大牛が出現した通りに村の場所を指でトントンとつつきながらモニカが言うと、ニーナがそれに賛同して各村の南東、あるいは北西の部分に大きく円を描いた。


「街道付近での目撃情報が無いということは、おそらくは人の手が入っていないところにいるはずですが……」


「野生の牛ってどんなところに住んでるんだろう?」


 ニーナがこぼした言葉についついオルレオが疑問の言葉を向けた。


「そうだ! ソイツがわかればちっとは候補が絞れる!!」


 お手柄だぜ、とモニカは喜んだが、ニーナは少し渋い顔をしている。


「……それで、モニカはどこか知ってます?」


「え、いや、知らねえけど……もしかして、ニーナでも知らない?」


 こくん、とニーナが頷いてみると、モニカとオルレオが大きくため息を吐いた。


「なんだいなんだい、そんなに大きなため息を吐くもんじゃないよ? それもニーナちゃんが頷いたのに合わせて……まるでニーナちゃんが悪いことしたみたいじゃないか?」


 やれやれと言った感じで厨房から出てきたのは、エルマだ。


「牛の生息域なら私が知ってるから、元気だしな!!」


 その一言に、三人の座っているテーブルは一気に明るくなった。


「ホント!!?」


 思わず声を挙げたオルレオに向かって、エルマはそっと手のひらを見せ、


「話を聞きたきゃ、とりあえず何か注文するんだね」


 ニカッと笑った。


「あ、じゃあお任せのお弁当三つとあとおやつになりそうなもの詰め合わせで!!」


 はいはい、と笑って厨房に引っ込むエルマを見ながら、マルコが力の抜けたようにボソッと。


「ホンット商売っ気が強いのな……」


 やれやれと大仰に首を横に振りながら言った。


「聞こえてるよ!」


 直後に響いたその声に、マルコが雷に打たれたように背筋を伸ばした。


「あ、そうそう、牛は小さければ開けた森の、デカければ草原の水辺近くに住み着く生き物だから、そういうところが狙い目よ」


 ついでとばかりにもたらされたその情報を聞いた三人は一斉に地図へと目を向けた。


「相手は大牛……草原の水辺近く……」


 モニカが地図の水辺近くを指で叩いて、


「その中でも平原、それも六つの村のどこにでも行けそうなのは……こことここ、最後にここ……」


 ニーナがめぼしいところに印を打っていく。


「後は、現地で探すしかないってことか……」


 最後にオルレオがそういうと、三人は顔を見合わせて頷いた。

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