第113話 誰も手に取らない依頼
「……やめとこうぜ、誰も食いつかずに残された依頼ってのは大抵がハズレだってのはよくある話だ」
モニカがすぐに視線を戻して二人に話しかける……が少しばかし遅かった。
オルレオはその本のすぐ前に腰を浮かせて、モニカが話し始めたころにはフラフラと吸い寄せられるようにして
「あ! おい!?」
モニカが声をかけるもすでに遅い。オルレオの手は既に依頼板にたった一枚残った依頼書を搔っ攫ってしまっていたのだから。
「……“暴れ牛の退治”?」
牛を退治してくれとは一体全体どういうこと何だろう?とオルレオは首を捻った。牛と言えば、耕耘機を牽いたり、牛車を牽いたりと農耕、運搬に幅広く使われていて
とくに農村では大事にされるはず、と聞いたことがある。
そんな牛が何でまた……、と悩みながらオルレオは座席に戻った。
「……で、どんなチンケな仕事だったんだよ?」
「なにやら難しい顔をしてますけど、厄介ごとの方でしたか?」
二人してオルレオの顔を覗き込んで聞いてみると、オルレオはその手にしていた依頼書を見えるようにテーブルに広げた。
「これなんだけど……」
「牛?」
「牛ですか……」
依頼内容を確認した二人もまた、考え込むような形になった。
そもそもの依頼の内容は“暴れ牛の退治”、詳細については、『黒い毛皮に覆われた野良の大牛が農作物を荒らすので何とか退治してほしい』という一見して何の変哲もなさそうな依頼だ。
問題は三つ。この辺に野生の牛は生息していないこと。そして、牛ぐらいなら農村の男手を総動員すれば何とか出来ること。最後に、この依頼が六つの農村から連名で出されていることだ。
つまり、本来ならいないはずの野生の大牛が六カ村という広大な範囲に被害をもたらし、村の男衆でもどうにもならない状態……それぐらいのことが学の無いオルレオにも容易に想像できた。
「……無茶苦茶ハズレじゃねーか」
まず真っ先にこぼしたのはモニカだ。都会育ちのモニカでもこの依頼のおかしなところにはすぐに気が付いたようだ。
「受けるとすれば……ですが、まず“どうやって探すか”が問題ですね」
別の視点での面倒くささを指摘したのはニーナだった。村と村の間の距離は短くても徒歩で二刻ほど。六つの村を巡るとなるとそれだけで丸一日が過ぎ去ってしまうことになる。それだけの広い地域の中で一頭の牛を探す、となると本当に厄介な仕事になる。
「お? オマエさんたちがソイツを受けるのかい?」
依頼書を囲んで頭を悩ませていたところで、カウンターの向こう側から声が飛んできた。
「ま、やってくれりゃあ助かるっちゃ助かるが……無理に手ぇ出さなくてもイイんだぜ?」
“陽気な人魚亭”の主人、マルコがそんなことを言いながら笑いかけてきた。
「ん? だったら、なんで依頼板に張ってたんですか?」
気になったオルレオはつい反射的に聞いていた。
普通、依頼なんてものは達成してほしいからこそ人目につくようにして
「簡単に言っちまえば、酒場で冒険者が手を出さないような依頼や失敗が相次いだ依頼は冒険者ギルドの討伐依頼として出してもらえるからだな。
ふぅん、と納得出来るような出来ないような、考え込むような声をオルレオは挙げた。頭ではそんなものか、とかそういう仕組みなのか、なんて色々と吞み込もうとしているのだけれども、心の奥底ではなんか気に入らないのだ。
「なんっつーか、こう、スッキリしねーな……」
どうやらモニカもオルレオと同じ気持ちだったようだ。
「あ、やっぱり? 俺もなんか違うような気がしてた」
「心情的にはそうなのかもしれませんけれど……こういう依頼はそれほどたくさんあるはずですよ?」
そのすべてをやるわけにはいかないでしょう、と言外にニーナが問いかけてきたが、オルレオもモニカも感じた気持ち悪さは拭い去れない。
「だったら、受けてみりゃいーんじゃねーの?」
事も無げにそう言い切ってしまったのは依頼を管理しているマルコその人だった。
「それぞれの依頼の事情だろうが、その後の顛末だとか、受けなかった他の依頼について冒険者が頭悩ましたり責任感じたりする必要なんかネーっての。自由に依頼を受けて失敗も成功も自分の評価と評判に変えて楽しむのが冒険者ってもんさ、だろ?」
元冒険者らしい意見を放り投げてそのまま笑うマルコを見ながら、オルレオも釣られて笑った。
「ね、いいかな?」
仲間の顔色を窺いながら問いかけてみれば、
「おう! いいんじゃねーの! こっちも気になってたわけだし、ちょうどいいや!」
モニカも楽し気に歯を剥いて同意を示し、
「わかりましたよ……なら、どうやって依頼を完遂するかを考えていきましょうか」
ため息まじりにどこか嬉し気にニーナが簡易な地図を広げ始めた。
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