第112話 酒場で依頼を
冒険者ギルドで仕事の結果と魔獣討伐の予定を聞いたその日の夜。
オルレオは“陽気な人魚亭”で食事を摂りながら、色々と考えていた。
来月に向けて何を準備するか、装備の強化や、道具の調達、師匠に修行をつけてもらうのもいいかもしれない……。
そんな風に考えていたかと思うと。全く別の考えも浮かんできたりする。
盗賊のリーダーだった男はいま、どこにいるのだろうか、もう一度戦えるだろうか、勝てるだろうか、いや、勝ちたい。
それでも繰り返し頭に浮かんでくることは一つ。
知らず知らずのうちに色んな人に支えられていたんだな、という感想。
確かに、自分の周りには人がたくさん増えた。
モニカ、ニーナはパーティーとして仲間になったし、フレッドさんとその仲間の人たちにはクエストでたくさん助けられた。
エリーやイオネは一緒に冒険にも行ったし、それぞれ錬金術師、鍛冶師としてお世話になっている。
クリスやグレイスさんにはギルドの担当として迷惑をかけてるし、アデレードさんには山を下りる前からこの街でもずっと助けてもらってる。
門番のマックスさんは昔っからの知り合いで今でも門の出入りの時はよく話をする仲で、現在進行形で“陽気な人魚亭”のロッソさん夫妻には面倒を見てもらっている。
他にも、名前を知らないけれど屋台のおじさんや闘技場で一緒に訓練した衛兵隊の人たち、思い返せば数えきれないほどの人たちと、このレガーノで出会っている。
それ以外にも直接かかわっていないだけで、今の自分が生活していこうと思ったならたくさんの顔も名前も知らない人に支えられて戦ってこれた……のかもしれない。
そこら辺は正直、どうとも言えない。オルレオ自身、こんなことを延々と繰り返し頭の中で考え始めてしまっているが、本当かどうかはわからない。
今日、そんな話を聞いてしまったからこんなふうに考え始めているのだから。
もしかしたら全部ただの考えすぎで、思い違いなのかもしれない。それでも、自分も誰かの生活の支えになれているのだろうか、なんてことも頭をよぎってしまうのだ。
「むむむ……」
眠れずにいると、余計に頭の中で中途半端な考えが加速しながらループして、こんがらがって、意味がわからなくなってくる。そもそも自分は考えるのが苦手なのになんでこんな目に合わなくてはならないんだと、オルレオが八つ当たり気味に怒りを覚えたところ、ふっとあることを思い出した。
『酒場でのクエストは街の人からの信頼に直結しているので、できれば多く受けていただければ助かります』
ああ、確かに一番最初、冒険者登録をしていた時にクリスがそんなことを言っていたはずだ。オルレオはそのことを思い返して、一つのことを決心した。
♦♦♦
「酒場の依頼を受けたい?」
朝、“陽気な人魚亭”に来てくれたモニカとニーナに、オルレオは昨日決めたこと―つまり、『酒場に出された街の人からの依頼を受けたい』というお願いを告げたところ、ニーナが不思議そうに首をひねった。
「なんだよ? なんか割の良い仕事でもあったか?」
モニカがニヤッと笑いながら問いかけたところ。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
オルレオはというとなんだか煮え切らない返答しかできなかった。
これにはモニカとニーナもそろって首を傾げた。
「では、どうして?」
そんな提案をしたのか、とニーナは言外に問いかけた。そもそも、“陽気な人魚亭”に集まったのはこれから20日間の行動指針を話し合うためなのだから、こうしてオルレオが自分から意見を出してくれたことを嬉しく思っている。
だが、その理由が話せない、というのはニーナからすると理解が出来ないことだった。
「昨日、さ……ギルドで、『戦うってのは色んな人に支えられて初めて出来るようになるんだな』って気づいて……」
ぽつり、とオルレオが話し始めた。
「そういえば、俺って案外、街の人からの
その発言に、モニカの表情にも変化があった。
「言われてみりゃ、アタシ達も酒場の依頼とか街の人間からの依頼ってほとんど受けてねぇなぁ」
少し考え込むように口元に手を当てながら言ったモニカを見て、ニーナは意外を感じていた。
「そうですね、ギルドからの依頼ばかりを受けてましたから」
その意外がモニカの変化なのだ、とすぐに気が付いて、ニーナは話を合わせることにした。
「ま、まあ、そういうことで酒場の依頼を受けておいたほうがいいんじゃないか、とか考えてみたわけで……」
どこか自信なさげに言うオルレオに、まっさきにモニカが賛同する。
「いいんじゃねぇか? 酒場の依頼をこなしていくってのも悪かねえだろうし」
どこかつっけんどんな言い方をしながらもその口元に薄く、照れた笑みがのっているのをニーナは見逃さなかった。
「とはいっても、この時間だともう今日の依頼は残ってないでしょうね……」
言いながら、ニーナは依頼板の方を向き、少し固まった。
自分で『残ってない』と言った依頼書が一枚だけ、寂し気に飾られていたからだ。
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