第111話 支え

「はっ! その前にアタシが倒しちまうかもな」


「いえいえ、私が遠距離で射抜いてしまうかも……」


「いぃーや! 俺が倒すね!!」


 モニカとニーナがからかうようにオルレオを弄ると、オルレオは分かりやすく反発して軽い言い合いが始まり、楽しそうに誰が相手を倒すかで盛り上がっている。


 そんな様子を見ながらグレイスは、呆れたように、嬉しむようにホッと笑った。


 グレイスから見たモニカとニーナは、常にギリギリのところで冒険を続けている、目を離せない危なっかしい冒険者だった。


 そもそも立場や出自から奇異の目で見られ、本人の気質も相まって周りに人が集まらないモニカと、モニカ以外に関心を持つこともなかったニーナ。なまじ実力があるだけにあっという間に実績を積み上げていった二人は余計に孤立していた。


 そのことを最近ギルドマスターに相談したところ『私にいい考えがある』と言われ、少々というかかなり不安になったグレイスだったが、ふたを開ければ上々の、いや最善の結果ではなかったのではないか、とはしゃぐ三人を見てそんなことを思っていた。


「あ、あの」


 感傷に浸っていたグレイスの意識を浮上させたのは、最近になって担当が付いたばかりのクリスだ。


 クリスの新人教育はグレイスが受け持っていた。教育期間が終わってからも気にはかけていたけれど、まさか自分が担当している冒険者を引き継ぐことになるとは思ってもみなかった。


「資料は読み終わりましたか?」


「はい!」


 まあでも、大丈夫だろう。というのがグレイスの感想だ。何せ、クリスは呑み込みが早いし、何よりも分からないことは分からないとすぐに聞ける素直さがある。どっちかというとモニカとニーナ、オルレオの三人よりも、クリスの方が安心して後を任せられる。


「なら、説明をしてもらえる?」


「はい!」


 クリスが返事をするのに三人組もすぐに気づいたようで。


「おっ、と」


 すぐに姿勢を戻して聞く体勢に入るオルレオ。


「なんだなんだ? 大仕事か?」


 茶化しにかかるモニカ。


「はいはい、お静かに」


 それを諫めるニーナ。


 三者三様の反応を見てクリスとグレイスは不意に視線を合わせて、くすりと笑みを浮かべた。


 うん、と頷きをひとつ。クリスは背筋を伸ばして話始める。


「現在、エテュナ山脈を広く根城にしている魔獣の群れの討伐が、ギルドマスターと領主様の間で正式に決定されました」


 一つ、息を吸った。


「日時は一月後、魔獣の群れを誘引し、撃破を目指します。魔獣を誘導する場所はタティウス断崖。冒険者ギルドと領主配下の騎士団はウルカ村を拠点としてこれに備える、とのことです」


 真剣な表情でクリスは続ける。


「これに伴って、三等級以上の冒険者は25日後にウルカ村に集合。魔獣討伐の任にあたってもらいます。なお、これはギルドからのミッションとなり、強制的に参加していただくことになります」


 最後の方で少しだけ、声が上ずった。


「一月かかるのはウルカ村の拠点整備ってところか……でもなんで5日も前に集合なんだ?」


 問いかけたのはモニカだ。


「はい、このたびの魔獣の群れはエテュナ山脈に広く、薄く生息していると推察されてます。なので、実際に魔獣の群れを誘引すれば……」


「時間差でドンドンドンドン追加されてくるってことか……体力勝負だな」


 気づいたオルレオが神妙な顔つきで言ったのをクリスが上手く拾った。


「その通りです。ですから冒険者さんたちを幾つかのグループに分けて交代で休憩を取りながら討伐をしていくようです」


「つまり、5日間というのは冒険者をグループ分けするのに必要な期間ということですか? いささか長すぎる気がしないでもないですが……」


 ニーナが考え込むように言う。


「魔獣を誘引するために使う資材の搬入が作戦開始の3日前になります。おそらくはその際に何らかのアクシデントがあった場合にも対処できるよう、5日前に期限が設定されたのだと思います」


「なるほど」


 納得したように頷くニーナを見て、クリスはすっと3人を見渡した。


「他にご質問は?」


「アタシからは無し。これ以上詳しいことは現地に入ってからじゃねーとわかんねーだろうし」


 モニカが頬杖を突きながら答える。


「同じく」


 ニーナもそれに賛同して、オルレオの方を見た。


「あ~~、じゃあ、気になっていたこと、一つだけ」


 どうぞ、とクリスに促されて、オルレオはモニカの方を見た。


「なんでウルカ村の拠点整備に20日間もかけなきゃいけないの?」


 モニカの顔が頬杖からずり落ちた。


「そりゃ、オマエ、防壁の整備から寝泊まりできる場所の確保からやることは山積みだろうよ」


「加えて、人数が多ければ水や食料もたくさん必要になります。魔道具を使ったとしても、とても短期間では運びきれるものではないでしょう」


「それと、治療場所の設営と医療品の確保も必要になります。どれだけの人が怪我をするか分かりませんから、なるべく広く、多く必要になりますし、お医者さんも集めないといけませんし……」


 三人からの説明を興味深そうにオルレオは聞きながら。


「ってことは、戦うってのは色んな人に支えられて初めて出来るようになるんだなぁ…… 今まで考えたこともなかった」


 うんうんと何度も何度も深く頷いていた。

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