第110話 大人への一歩
「大変遅くなりましたが、クエストの達成を確認しました! お疲れさまでした!!」
書庫での勉強会から夜を跨ぎ、オルレオ達は朝一でギルドを訪れていた。
「ありがとう」
報酬を受け取ったオルレオが軽く頭を下げて礼を言った。その横からモニカがワクワクした顔でクリスに問いかける。
「んで、敵の尻尾は掴めたのかよ?」
「あはは……、すいません、機密事項になっておりましてこちらからは何とも説明が出来ないもので……」
クリスの返答にモニカはムッとむくれた様子で椅子にふんぞり返った。
「行儀悪いですよ、モニカ」
ニーナは一つ苦言を呈すると、モニカの背を手で押して無理矢理伸ばした。
「よせ、やめろ、ガキじゃねえんだからよ!!」
などと口では文句を言いつつも、モニカはしっかりと姿勢を正した。それを見ていたクリスはくすくすと忍び笑いを漏らした。
それにつられて、オルレオも何だかおかしくなってしまい、ついつい声に出して笑ってしまった。
「あっ! テメ! ナニ笑ってやがる!?」
「ごめんごめん、なんだか面白くってさ」
「ったく……」
今度こそ、モニカが完全に膨れてしまってそっぽを向くと、残っていたニーナもお手上げとばかりに苦笑した。
そこに足音が近づいてきた。
「あん?」
一番最初に気が付いたのは拗ねていたモニカだ。
モニカはよくよく聞きなれたその足音が近づいてくるのがわかり、クリスの後ろ、ギルドのカウンターの方へと向き直った。
その視線に残った全員が気づいて、そちらへと目をやったところで。
「おや? どうしました? みなさん?」
その先に、元々モニカ達の受付を務めていたクリスの先輩。グレイス・アドモスが歩いてきた。
♦♦♦
「いや? グレイスの足音がしたからこっち来んのかな? って思ってみてただけ」
真っ先に、モニカがそう答えると、グレイスは柔らかく微笑んだ。既に担当を外れたとはいえ長年、ギルドで顔を合わせた仲だ。こうして親しく話しかけてもらえるのは嬉しいに違いない。
「なあ、なんか面白い話か、腕が鳴るような依頼ないか?」
こうやって挨拶もなしに本題に切り込んでくるのも、もはや慣れてしまったな、とグレイスは呆れたように、小さな笑みをもらした。
誰にも気づかれないようなその笑みは自分に向けてか、それとも、目の前の少女に向けてのものかはわからない。
「ええ、ありますよ。あなたが気にしてそうなお話が」
「さっすがグレイス!!」
歓喜の声を挙げて指を鳴らすモニカを、ニーナが「あまりはしゃぐとみっともないですよ」と叱りつけているのを見て、グレイスは少しだけ驚いた。
今までのニーナは軽く注意はしてもそれ以上は踏み込まない、どこかモニカを自由にさせていたのに、今はモニカの機嫌が悪くなるのも覚悟の上でしっかりと言いきかせてる。
関係が変わり始めている、それも良い方向に。グレイスはそのことに確信をもち、モニカとニーナと共に来ているオルレオの方をチラっと。
視線の先にいたのはあどけない顔をした背の高い少年。この少年が、モニカとニーナが変わり始めるきっかけになったとグレイスはギルドマスターから聞いていた。
グレイスが笑いかけると、オルレオははにかんだような顔で固まり、横にいたクリスが不思議そうな顔をしてこちらを覗き見る。
グレイスはこほん、と咳ばらいをして場の空気を仕切りなおすと、いくつかの資料をクリスに手渡した。
「今朝の会議で説明があった事項について、先ほど上から関係者への開示許可が出ました」
クリスはそれを手に取ると、素早く目を通していた。
「とりあえずはその資料について確認をしておきなさい。こちらの話が終われば説明をしてもらいます」
クリスが勢いよく返事をするのを聞いて、グレイスは深く頷いた。
「んだよ? その間、暇しとけってのか?」
「いいえ? モニカが聞きたがっていただろう、面白いお話がありますよ?」
おっ、とモニカが前のめりになる。
「まず、街道を襲っていた野盗のリーダーの追跡に成功し、野盗を裏で操っていた連中にアタリをつけました」
「連中、ということは単独犯ではないということですか」
ニーナが指摘するとグレイスは頷きを返し。
「ええ、これについてはまだ調査中のため、詳しいことは申し上げられませんが、黒幕につながる有力な人物に野盗のリーダーが接触。そこからさらに複数のグループに調査の手を進めているところです」
その言葉に、オルレオが首をひねたのをグレイスは見逃さなかった。
「どうしました? オルレオ君?」
「え? いや……」
急に名前を呼ばれたオルレオはビクッとして。
「なにか気になることがあったのでしょう?」
相手が何かを気にしている時、疑問形で問いかけるのはよろしくない。「気になることがありましたか?」と問いかけると口下手だったり、弱気な人は聞きづらくおもうこともあるからだ。(モニカみたいなのは例外ではあるが)
だから、ある程度の断定をしながら問いかけると相手も口を開きやすくなる。グレイスは長年の経験からそう判断していた。
「いや、どうして複数に広がっていったんだろうな? って思いまして…… こういうのって普通、一本で繋がるもんじゃないのかって?」
その言葉にグレイスは肯定するように深く頷いた。
「ええ、その通りです。最終的には一本に繋がることが多いです」
オルレオの考えをまず認めてから。
「確かに、計画を練るのは一人や一つの集団かもしれませんが、ヒトを使って計画を動かすには多くの力が必要になります」
ここまでは大丈夫だろうか、とグレイスがオルレオを見つめると、軽く頷いた。
「今回の件は現在もまだ調査中ですが、野盗のリーダーを雇った者だけでなく、手癖の悪い冒険者に声をかけたりして人を集めていたものや、商会や行商人たちに噂を流していた集団、または特定の依頼以外を受けたがらなかった傭兵など不審な動きをしているところは山ほどあるわけです」
オルレオが感心したように声を挙げているの聞きながらグレイスは続けた。
「この全てが黒幕に繋がっている可能性もありますが、中には計画に便乗しただけのところもあるかもしれません。ですから複数のグループに探りを入れて黒幕に繋がる一本を見つけ出そうとしているんです」
「なるほど」
オルレオが納得したように何度も首を縦に振るのを見て、今度はモニカが気になっていることを聞いた。
「しっかし、よくぞまあそんな簡単に目をつけることが出来たな」
「それが、どうやら野盗のリーダーが裏切ったみたいで……」
「どういうことですか?」
グレイスの返答に、今度はニーナが続きを促した。
「真意は分かりませんが、どうやら野盗のリーダーはわざとこちらの尾行を撒かずに雇い主と接触したようで…… さらには現場でいさかいを起こし、雇い主を追いやすくしてくれた上に、証拠になる文書までわざと落としていったみたいです」
「……よくそれだけやったなあ」
モニカがポツリと感想を漏らしたところで。
「ですね。下手しなくても追手がかかるでしょうに……」
ニーナがそこに付け加えた。
「ええ、実際に街のごろつきが何人か襲撃を掛けたようですが全て返り討ちにしています」
ふと、オルレオの脳裏に槍を持ってこちらに突っ込んできた男の姿が思い浮かんだ。
「それで、今は?」
「すでにガローファを出て行き先は不明……。こちらの尾行も完全に撒かれたそうです」
「そっか……、そっかーっ」
その知らせを聞いて、オルレオは背筋が寒くなるような、反対にホッとしたような気持で呟いた。
「なんだよオルレオ? 楽しそうじゃねーか?」
「そう?」
モニカの指摘にオルレオが不思議そうに答えた。
「ええ、どことなくやる気に満ちた顔になっていますよ」
ニーナの指摘にオルレオは軽く自分の中の気持ちを確かめるように間を取って。
「もしかしたら、もう一度戦えるかなって、ちょっと期待している」
そういった顔は少しだけ大人びていた。
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