第109話 モニカの理由
モニカが話を終えて、オルレオが何も言えずにいたところで。
「あの、モニカ……」
ニーナが口を開いた。
「重すぎです。少なくとも、出会って1カ月かそこらの人に話す内容ではないですよ」
ド直球にいさめる言葉。
「あ?」
それを受けたモニカはと言うと心底理解できないとでも言いたそうな顔だった。
「なんだよ、こんくらいの話なら、この街に住んでる奴なら誰だって聞いたことある話じゃねーか」
みんなして好き勝手に噂してるぜ、とモニカはそこに何の感情もないようにただ事実だけを述べた。
「……オルレオはつい最近、この街に来たばかりですが?」
「あっ!?」
そういえばそうだった、とばかりバツの悪い表情をしたモニカはしばし何かを考えて。
「ま、いいさ。全部本当のことだ」
あっけらかんと言い放った。
「ま、アタシは気にならないしな! お前が気にしなきゃいいだけだぜ、オルレオ!!」
無茶を言うな、と言いたい気持ちをグッと押し殺しながらオルレオはそれに応じた。
「ま、そっちがそう言うならそれでいいけどさ」
ふぅ、とオルレオは息を吐くと。
「で、さ。こうたくさんの本を前にしてもどんな本を読んだらいいか分かんないからおすすめの本とか、初学者向けの本とか教えて欲しいんだけど……」
無理やり話題を切り替えた。
その言葉にニーナは事前に準備していたのだろう、貴族や商人の子供たちが教育を受けるときに使う教科書や、各地の寓話が分かりやすく絵付きで描かれた本を取り出してきた。
オルレオはさっそく、それらの本を読み始め、分からないことをニーナに聞きながら勉強を開始した。
その際、ニーナはというと書庫の中をウロウロとし始めた。
鐘の音が八回響く、鐘八つ時(大体午後4時)まで、静かに勉強を続ける音が室内を満たし。
「今日はここまでにしましょうか」
オルレオの勉強がひと段落したところで、ニーナが声をかけた。
「え? まだもうちょっと……」
と、オルレオはまだまだ勉強したらない様子で声を挙げた。
「勉強を始めて既に一刻(大体2時間)ほど、そろそろ集中力も切れる頃合いでしょうし、一旦休憩としましょう」
言って、ニーナは立ち上がった。
「では、私はお茶とお茶請けを持ってきますから、モニカを呼んできてもらえますか?」
そのままニーナが部屋を出るまで見送った後で、オルレオは書庫の中にいるはずのモニカを探して少しだけ、奥に向かい、そしてすぐに見つけることが出来た。
本棚の前に立ち尽くすようにして熱心に本を読み進めるモニカ。
その姿を見て、オルレオは一瞬、声をかけるのを戸惑ってしまった。
「ん? どうした? 勉強は?」
オルレオが見惚れていたところで、モニカに先に声をかけられた。
「え!? あ~、いや結構長く勉強していたからちょっと休憩ってことで……モ、モニカは何してたんだ?」
見惚れていたことがばれたくなくて、オルレオは咄嗟に言葉を作った。
「うん? いや、オマエが読みやすそうな本を探してたんだけど、途中で懐かしくなってきちまってな……ついつい夢中で読み進めちまってた」
すっと、モニカが視線を動かして窓の外を眺める。
「おお、結構時間たってたんだなぁ……空が朱くなってきてやがる」
「時間を忘れるほど熱中してたのか?」
オルレオの問いに、モニカの視線が戻ってきた。
「そうだなぁ、気がついたら完全にハマってたな」
その目が、本の表紙を捉えた。釣られて、オルレオもその本の表題を見た。
「“
思わず題名を読み上げたオルレオに、モニカが応えた。
「おう! 200年位前に実在した“冒険伯爵サラ・アール・イムト”の活躍を描いた活劇集だ!」
目をキラキラさせるモニカに、オルレオはふと気になったことを尋ねた。
「もしかしてモニカが冒険者になったのって……。 その本の話に憧れて?」
その問いに、モニカは少しだけ考えるように間を取って。
「かも、なあ……。家のこととか、魔法を使えたこととか、他にもまあ色々あったけど、この本が、始まりだったのかもなぁ」
いつもとは違う、穏やかな口調にオルレオはモニカの素顔を見れたような気がした。
「おや、ここにいましたか」
背後からニーナの声がして、オルレオは目的を思い出した。
「あ、そうだ。休憩……」
「はい、お茶と焼き菓子を持ってきました」
「お! いいな!」
我先にとテーブルまで歩き出すモニカを追い、オルレオとニーナが動き始めた。
先頭にいるモニカの顔が窓の外と同じくらいの色をしていることに二人は気が付かなかった。
♦♦♦
結局、オルレオ達は茶会を終えた後、勉強を再開させた。
今度はニーナとモニカの二人がオルレオを教えるような形だった。オルレオが分からないことを聞けば、ニーナが説明し、モニカが話を脱線させたりしながら中々に楽しく勉強会は進んでいった。
そうして不意に書庫の扉がノックされるまで三人の勉強会は続いた。
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