第108話 書庫

 野盗退治を終えてから数日の間、オルレオは暇を極めていた。とにかくやることが無くてレガーノの街をぶらぶらと散策していた。


 左肩の傷については応急処置も性格で手早かったし、レガーノから帰って早々に施療院で治療を受けれたためにすぐに塞がった。ただ、治療したばかりだということで激しい運動を禁止されてしまい。左腕を使った訓練は一切できなくなっていた。


 もっとも右腕を使うことは禁止されていないから毎朝の素振りは継続している。こういうのは一度止めてしまうとあっという間に鈍ってしまうから、それを考えたら怪我したのが左腕で良かったとオルレオは息を吐いた。


 だが、日中がひまで、ヒマで、暇で仕方がないのだ。


 薬草採取の依頼ぐらいならいいだろうかと、依頼板クエストボードを覗き込んだところでマルコに止められ、闘技場で訓練でもしようかと装備を持って宿を出ようとしたところでエルマになだめられて断念した。


 そうなると、やることは少ない。装備の手入れはすぐに済ませた。消耗品の補充も出来た。ほかにやることと言えば、特になかった。ならばと街に繰り出してみたが、街の人々を眺めていても食べ歩きをしていても何だか物足りない気がしてどうにも楽しめなかった。


 気が付いたら、オルレオは自分が泊っている“陽気な人魚亭”の目の前にいた。


「いつの間に……」


 ただ、ボーっとしている間に知っている道、通いなれた道を選び続けてたどり着いただけなのだろうが、もはや今日は宿でゆっくりしておけということなのだろう、そう結論付けてオルレオは宿のドアをひらいた。


「お! ちょうどいいところに帰ってきたな。お客さんだぜ、オルレオ」


 オルレオがドアを開けてすぐ、マルコが気づいて声をかけた。そしてマルコが指さす方向に。


「おぅ! オルレオ! なに外ほっつき歩いてたんだよ?」


 モニカがいた。今日隣にニーナはいない。一人だけで“陽気な人魚亭”にやって来ていた。


「この間の約束、果たしに来てやったぜ!」



♦︎♦︎♦︎


 モニカに連れられて、オルレオがやって来たのは、レガーノの東側、領主館の傍に建てられた(周囲に比べれば)こじんまりとした邸宅だ。


「入れよ」


「え? いや、入れよってここ……」


 滅多に足を踏み入れなかったレガーノの東通りを通り抜けた先にある綺麗な造りの家を前に、オルレオは完全に腰が引けていた。


「気にするこたぁねえよ! こっちには兄貴やその側近は踏み入っちゃこない。アタシとニーナ、あとは使用人が何人かいるくらいだ」

 

 (いや、使用人とか居る時点で別世界っていうか、完全に場違いなんだけど)とそう思っていても口には出さず、オルレオはおそるおそる足を玄関の中へと踏み出した。


 室内はホコリ一つなく、整えられた状態だった。エントランスはギルドのようなホールになっていてちょっとしたパーティーなら開けそうな広さだ。両脇には階段が備え付けられていて、正面には2階の廊下が見えている。


「2階は私室になってるから立ち入るなよ、こっちだ」


 言われて、オルレオはエントランスホールの奥から廊下に入り、そのまま先を歩くモニカについて進んでいく。


 そして、モニカが一つの扉を開けるとそこには。


「おお……」


 たくさんの書架とそしてそこに納められた大量の本、本、本。


「おや? 遅かったですね……、ああ! オルレオに会えたのですか」


「コイツが外を出歩いてたのがワリィ」


「え!? いや、だって、別に今日約束してたわけじゃ……」


 うろたえるオルレオに、ニーナがくすりと笑みをこぼした。


「ふふ、そう気にすることはありませんよ。今日会えなければ、宿の亭主に言伝を頼むつもりでしたので」


「ま、いい感じにオマエが帰ってきたし暇そうだったからこうして連れてきたってわけ」


 偶然とはいえ、宿に足が向かってくれてよかった。とオルレオは自分の無意識に感謝した。


 ふっ、と肩の力を抜いたところで、オルレオは改めて部屋の中を見渡した。オルレオの借りている宿の部屋が10個以上は入りそうな大きな部屋に、本棚がぎっちりと詰まっている。


「ここって、もしかして噂に聞く図書館とかそんなかんじの……」


 この街の図書館はおもに知識層に解放されていて、使用料で一日銀貨3枚。冒険者で利用できるのは3等級以上と厳しい制約がある。


「ああ? 違う違う、ここにあるのはアタシの母親の実家にあった本だよ。全部アタシが受け継いで、私物ってことになってる」


 そのモニカの言い回しに、オルレオは思わず突っ込んで聞いた。


「実家? 受け継いだ?」


「ん? アタシの母親ってのはレガーノから南西に行ったところにあった街の領主の娘だったんだが……、まあ、魔獣災害を受けて立ちいかなくなったらしくてな。父にのところに側室として放り込まれたんだと」 


 しまった、とオルレオは己の迂闊さを恨んだ。まさか、ちょっとした好奇心でここまで級に重たい話が出てくるとは欠片も思っていなかったのだが、それでもオルレオは自分が下手をうったのを自覚した。


「んで、アタシの母親ってのがこれまた変わってて、冒険者を雇って廃墟になった街からありとあらゆる記録、行政書類から日記から本だなんだと目についたものを全部片っ端から回収したそうだ」


 それがこの本の山、とモニカは指さした。


「あのひとが何を思ってこれだけのモンを回収したのかは知らねぇ、死ぬ前に聞いときゃよかったんだろうが、物心つく前には死んじまってたからな」


 重さが増してきた、とオルレオは思いっきり後悔した。


「でも、ま、せっかく集めたんだから残しといてやろうって感じで父と兄貴がここに遺してくれて、せっかくだから有効に使ってやろうってことで写本を図書館に置いてくれてる。だからお前も好きなように読みゃあいいさ」

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