第103話 盗賊退治2

「クリスから聞いた、張り込み場所は大体この辺りなのですが……」


 地図を眺めながら先導していたニーナが、街道から離れた林の中、小高い丘の中腹辺りで足を止めた。辺りは背の高い木々が生えていて空から降り注ぐ木漏れ日が心地いい。


 が、盗賊のアジトが近いという感じもしなければ、人がいたような気配すらしない。


「どーなってんだ?」


 モニカが怪訝そうに周囲を確認し、ニーナは地図を広げて再確認している。こういうときに手持ち無沙汰になりがちなオルレオが、付近に何か薬草や小さい鉱石でもないかとしゃがみ込んだ。


「やっ!」


 丁度ヒザを曲げて屈んだところで、正面から目が合った。


「おぅわ!??」


 オルレオが膝を伸ばす勢いで一気に後ろに飛び退くと同時、オルレオの声を聞いたモニカが抜剣し、ニーナが弓ではなくナイフを引き抜いた。


「はっはっは。ついこないだ会ったばっかだってのに、もしかして、オイラのことは忘れちゃったかな?」


 凶器を向けられているというのにからッとした様子で笑いかけてくるのは、見慣れたホビットの青年だ。


「「「フレッド!!?」」」


 三人の声が綺麗に揃ったところで、オルレオが立ち上がる。


「いったいどころから現れたんだ?」


 その問いかけに、ニィと口の端を吊り上げながらフレッドの右手は天を示した。


「上?」


 オルレオが手の先を見つめて目を細めてみるも、そこには何も見えていない。ただ木々が枝葉を拡げているだけだ。


「なんも見えねーぞ?」


 モニカもオルレオと同じで何も見えない様で、手でひさしをつくりながらきょろきょろと辺りを確認している。


 そんななかで、ニーナだけがフレッドが指し示していたものが見えていた。


「……ツリーハウスですか! この距離で言われるまで気づけなかったなんて……」


 称賛するように、気落ちしたようにつぶやいたその視線は、枝葉の向こう側を見るように真ん丸と見開かれている。


「そ、大正解!! オイラ達ホビットの小柄な体型と身軽さを活かせる隠れ家の一つさ」


 フレッドが掲げていた腕をくるりと回したところで、枝葉の向こう側からするすると縄梯子なわばしごが降りてきた。


「ま、実際に行ってみたほうがよくわかるだろうし、とりあえず上がってくれ。事情だなんだはそこで説明させてもらうよ」


 促されるようにして、まずニーナが縄梯子を昇っていった。するすると身のこなしよく昇っていくのをオルレオは下から見ようとして……視線を切った。


「お? どうしたオルレオ~? そんなに顔を赤くさせて俯いちまって?」


 その様子を見たモニカがオルレオをからかってくる。


「な、なんでもない。ちょっと首が疲れただけで……」


「お、ほんと~かなぁ~?」


 必死に弁解するオルレオをモニカが逃がさないように顔を寄せていく。


「はい、はい、もうニーナちゃん昇り終わっちゃたしさ。次、どっちか昇ってよ」


 丁度いい、助け舟がきた、とばかりにオルレオが前を向いたところで、縄梯子の下には既にモニカが居た。


「下から見ててもいいぞ? 具足しか見えねーケド」


 からかうように笑った後で、モニカが昇り始めたのだが……どうにもニーナとは調子が違った。


「おっ!? わわ……、あっ、と……」


 危なっかしいのだ。考えてみれば当然なことなのだが、縄梯子は固定されていないからめちゃくちゃ揺れやすい。そこを重装に両手剣を携えたモニカが昇っていくのだ。ちょっとした動きが縄梯子に振動となって伝わって、その動きが徐々に徐々に大きくなっていく。


「あ~~~~!! もう!!」


 結局、モニカは風魔法を使って揺れを抑えながら縄梯子を昇る羽目になり、オルレオもハラハラしてモニカから目を離すことが出来なくなってしまった。 


 モニカが無事に昇り終わるのを見届けた後で、オルレオ、フレッドが続けて縄梯子を昇っていった。枝葉に覆い隠されたところを頭から突っ込んで無理矢理進んでいった先にあったのは、部屋だ。


 丸太を組み合わせた床に、丸太を組み合わせた壁、そして板材で覆われた屋根。まごうことなき一つの部屋が樹上に築かれていた。


「すっげぇもんだよなぁ! これだけの空間をあっという間に作っちまってるってのはさ!! 見ろよ!! 家具までしっかりと用意してあんだぜ!!」


 モニカが感心したようにソファに身体を沈み込ませている。


「おそらくは、私と同じように植物を操る魔法の一種だとは思うのですが……こうも形を自由自在にできるとなるとこちらの方が腕は上でしょうね……」


 すっかりとくつろいでしまっているモニカの横で、ニーナが感心したように声を挙げた。落ち着いたたたずまいではあるのだけれど、視線だけはせわしなく室内を見回している。


「そりゃ、これを作り上げたのは一芸特化の魔術師だからね」


 フレッドが自分のバッグの中からカップと水筒を取り出すと、こぽこぽと小さな音を立てて紅茶が注がれていく。


「ま、オルレオ君も座りなよ。まずは現状の説明といこう」


 オルレオが座るのを待って、フレッドはカップをそれぞれの前にサーブした。


「まず、今回の件、盗賊が出たのはちょうどレガーノの騎士団が翼竜退治に出かけた直後だったらしい」


 フレッドがカップに口をつけて少し唇を湿らせた。


「この段階じゃあ、まだ物資の買い込みを始めたわけじゃないからそう大きな騒ぎにはならなかった。……その時は、一回こっきりで繰り返さなかったからね」


「なら今回の件とは無関係、ってことはないわけ?」


 オルレオの問いかけに、フレッドが首を横に振る。


「偶然にしちゃタイミングが良すぎると思うんだよね。騎士団不在の中で、野盗出没って。……それで次に被害に遭ったのが、エテュナ山脈での合同依頼クエストがあった日だってんだから、もう」


「『疑ってください』って言ってるようなもんだよな」


 モニカが吐き捨てるように言った。


「そう、まさしく疑われるような日程で盗賊は動きを起こした。合同任務の日は大勢の冒険者や傭兵が駆り出されていた、騎士団は翼竜退治直後で北方の警戒に従事して南が手薄だった……なんでそんなバッチリのタイミングで野盗が動けるんだろうね?」


 それって……、とオルレオは思いついたことをそのまま口にした。


「誰かが情報を流してるってこと?」


「そうですね、レガーノの街に野盗の仲間が潜伏している可能性もあるにはありますが……。騎士団・傭兵・冒険者、これらの動きを全部把握するのは難しいでしょうし……」


 ニーナが少しだけ考えるようにして他の可能性について言及してみたが、どうにも現実味がない。


「仮に出来るとするなら、野盗なんかじゃなくて密偵スパイをやっているでしょうね」


 その発言に「だろーな」とモニカが合わせた。


「情報を流してるやつに何か目的があって野盗を動かしてるってんなら、ちったぁ納得できる話になるわな」


 言って、モニカはフレッドへと視線を振った。わかっていることを話せ、という合図だ。フレッドもそれを了解したように両肩を竦めた。


「二度目の野盗の襲撃から以降は、ちょくちょく街道での襲撃が確認されてる。この動きに合わせてガローファでは傭兵の依頼料が高騰、護衛依頼が増えたからだね。おかげさまで商品価格にもソレが反映されて、購入金額は二倍近くに膨れ上がったらしい」


 フレッドが一息入れるように紅茶に口をつけた。モニカとニーナは次にまた何かあるな、と勘をつけて集中しはじめ、オルレオはその二人の空気の変化を感じ取って耳をすませた。


「どうにも、被害に遭っている商会と遭っていない商会がいるみたいなんだよね。護衛がいるといないとに関わらず、さ」


「ってことは、その被害に遭っていない商会が犯人ってこと?」


「いや、そうじゃねぇ」


 オルレオの問いを、モニカが否定した。


「被害に遭ってないとか怪しすぎるだろ? だからそういう疑いやすい奴らは新興の弱っちいところとか落ち目の上手くいってないところが、弾避け代わりに使われてんだよ」


「????」


 モニカの言っていることがよくわからなかったのか、オルレオが大きく頭を傾げている。


「つまり、立場が弱い人たちを襲わないことで犯人扱いされやすくして、悪評を押し付けてるってこと」


「ああ、うん……」


 ニーナが分かりやすくかみ砕いて説明しても、オルレオはよくわかっていないさそうに曖昧に返事をした。


「……その辺は勉強教えるときに、もっぺん丁寧に説明してやる」


 モニカの声にオルレオの顔はパッと明るくなった。


「と、いうことで野盗連中の動きが怪しかったり、商会が怪しかったり、レガーノに裏切り者がいそうだったり、と露骨に疑わしいことばかりだから早速オイラ達が先行調査に来て野盗のアジトを発見、てのがここまでの流れ」


 フレッドが話し終わって再度紅茶に口をつけた。ゆっくりと味わうようにではなく、手早く喉を潤す程度に飲むのを待って、モニカが付け加えた。


「それに、傭兵もちょっとおかしいって付け加えといてくれ」


 まだあるの、と言わんばかりにフレッドが辛気臭い顔でうつむいた。


「さっきのやつ?」


 モニカの言葉に聞き返したのはオルレオだ。


「そ、お前が見つけてただろ? 傭兵連中が馬車の中でサボってたの」


 フレッドが「おお、もう……」と天を仰ぐ。


「つまり私たちは、何もかもが怪しい状況でとりあえず表に出てきている野盗を潰しつつ、どうにかして後ろで隠れている相手の尻尾を掴まないといけないわけですね」


 ニーナが状況を一言でまとめたところで、フレッドが現実を見据えるように正面を向いた。


「そう、それが今回の依頼だ」

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