第91話 透し

「ま、こんだけ時間がかかってちゃあ、実戦では使えんがな」


 師が大仰に肩を竦め、


「あら? 初めて魔力操作をしてこれだけのことが出来るなら上出来の部類だとおもうのですけど?」


 アデレードがフォローする。


「いえ、まだまだ! もっともっと速く繰り出せるようになります!」


 その両方を受けて、オルレオは奮起した。


 そんなオルレオを見て、師はオルレオから見えないように顔を伏せて、薄く、よく見知った者しかわからないほどわずかに口の端を上げた。


「あらあらまあ」


 気づいたアデレードはくすくすと楽し気にしている。が、オルレオは何が何やらという顔で二人を見た。


「んじゃ、次だ。次は透し……さっきのが貫徹の徹しで、今度のが浸透の透しだ」


「それって、どんな違いがあるんです?」


 師が並べた二つのとおし・・・という言葉の違いがよくよく理解できず、オルレオは頭を捻っていた。


「さっき教えた“徹し”が、貫徹の徹し、だ。説明した通り、刃の徹りづらい硬い敵に対して刃をとおす、剣の長さよりもデカい敵に斬撃をとおす、剣技や槍技の一種だな」


 言って、師が金属兵メタルゴーレムに手を触れた。


「今から見せるのが、浸透の透し。この技は、元々打撃技の一種で魔力は一切使わん」


 瞬間、師の身体が大きく沈み込んだ。踏み足で大地を力強くし、その勢いと反発を利用するように前に、金属兵に触れた手を押し込むように身体を預けたと思った途端、金属兵の全身が砕けた。


「……はい?」


 オルレオは目の前の光景を信じることが出来なかった。全力で剣を振るうことでしか倒すことの出来なかった金属兵が、たった一つの動作で粉々に粉砕されて崩れ落ちたのだ。


「打撃の威力を相手の表面だけじゃなく、中身を含めた全身にとおす。それがこの技の肝だ」


 説明を終えた後で、師の左手に光が生まれる。パッと小さな閃光が瞬いたその後に残されたのは、表面に獅子が描かれた丸盾ラウンドシールドだ。


「ちなみにこの技は結構な応用が効いてな……剣を盾で受け止められた時、あるいはその逆の立場でも使える」


 ついで、腰に佩いていた長剣を抜いて、構えた。


「まあ、百聞は一見に如かずってことで……手加減してやるからかかって来い」


 その言葉に、オルレオは大きく深呼吸を繰り返した。なにせこれから確実に痛い目に合うのだ。心の準備はしっかりとしておかねばならない。背に回していた凧盾カイトシールドを左手に握りしめ、右手で剣を構えて、呼吸を整える。


 そうして、覚悟が決まったところで、一気に間合いを詰める。


 繰り出す一撃は上段からの撃ち降ろし、もっとも勢いと力が乗る一撃に軽くだけども魔力を込めた。確実に痛い目はみても、わずかでもやり返してやろうというオルレオの反骨心の発露だ


 師はオルレオの動きを完全に見切った上で、盾を合わせに来た。上段に構え、オルレオの渾身の一撃を正面から受け止めるように、衝突した。


 刹那、衝撃がオルレオの腕を駆け巡った。今まで感じたことがないような感覚が打ち据えた盾から返ってきて、オルレオはその勢いで大きく後ろに跳ね飛ばされてしまう。


「ゲッ!!」


 予想だにしない結果に思わず受け身を取るのが遅れてしまい、オルレオは情けなく背中から落下し無様な声を上げた。


「一つは、盾での“反射”だ。相手の剣筋や呼吸を上手いこと読み取ることが出来れば、相手の剣撃を盾で受けて、その衝撃を相手に透すことが出来る」


 師が間合いを詰めながらゆっくりと説明している。その一言一句を聞き逃さないようにしながらも、オルレオはすぐさま立ち上がって盾を構えなおす。


「もっとも、この技はそれなりに高度な技法だ。相手の攻撃、そのタイミングと位置をしっかりと読み切らないと意味がないからな。すぐさま使えるようになれとはオレも言わん……だが」


 軽く、肩を回すような動作で、下段からの突きが放たれる。その一撃はオルレオが構えていた盾の中心に突き立つようにまっすぐに飛び込んでくる。オルレオはその威力を抑え込むように神経を集中させ、突きを逸らすよう盾を操作する。


「……な!?」


 驚愕の声はオルレオから漏れた。


 確かに剣の先端を盾の表面に滑らすように受けたはずだった。本来ならそれで月の威力は半減するはずだというのに、違った。盾を持ったオルレオの手は、大きく横に弾かれて、その上、今までにないくらいにしびれていた。


「“リペル”、と言って相手の盾をはじく技だ。前に教えたバインドがあったろ? あれの逆の技だと思えばいい。盾でも剣でも出来るようになっておけ」


 言葉の後で、オルレオの無防備な脇に蹴りが飛んできた。


「グッ……」


 予想をしていたのでそこまで吹っ飛ぶこともなく、蹴られた勢いで間合いを離してどうにか態勢を立て直す。オルレオは盾と剣を構えるが、師は盾を収納して剣を鞘に納めた。


「……あれ? ……もう終わりですか?」


 意外に思ったオルレオが口に出すと、ポリポリと頭をかきながら実に面倒くさそうに師が言った。


「この後、ちとばかし用があってな……今日はこの後、自主練しとけ」


「自主練っていったい何を……?」


 ずいぶんとしかめっ面な師を見るのはしばらくぶりだな、とオルレオは少し昔を思い返した。確か前に見たのは2、3年前。昔からの知り合いで行商人をやっている男に借りを返さないといけないとかで出かける時だったけか、と過去を振り返っていたところで。


「はい、もう終わりましたよ」


 アデレードの声にオルレオはそっちに振り向いた。


 そこにいたのは、完全に復活した金属兵と鋼鉄兵だ。


「ガイの要望通りに、百回は完全に壊れても完全再生ができるように魔石を埋め込んでおきました。ああ、勝手に動きだしたりしないから安心しておいて」


「え? ええっと……」


 そう言われても、とオルレオは師の方を見る。


「自主練内容は、鋼鉄兵相手に剣で徹し、金属兵相手に盾を使って透しの訓練だ……夕方には帰ってくる。それまでに、ある程度はモノにしておけ」


 言って、師がアデレードのほうに目配せする。


「それじゃあ、オルレオ君、頑張って頂戴ね?」


 ウィンク一つを投げかけてきて、師はアデレードと共に闘技場を出ていく。


 その背中を見送るように見つめてわずかに考えて、やめた。


「……まあ、いっか」


 『師匠とアデレードさんってどういう関係なんだろう』とか、『これから二人でどこ行くんだろう』とか、『え? 昼ご飯どうするの?』とか、そんなことはまあ些細なことだろう、とオルレオは決めつけた。大事なのは、


「……強くなることだ」


 決意を一つ、言葉にして、オルレオは二体のゴーレムの正面で構えを取った。

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