第90話 徹し

「まあ、初めてにしては上出来な方だ」


 不機嫌そうなオルレオの顔を見ながら師はとっとっ、と軽やかな歩みで近づいてきた。


「貸してみ」


 そう言って、師はオルレオの手から剣をするりと抜き取ると、そのまま何の予備動作もなしに、すらりと鋼鉄兵スチールゴーレムを縦に両断した。その断面は鏡の様に整っている。


「同じ剣を使っても使い手によって切れ味が変わる。これが剣術。使うやつの技術、力量の差ってやつだ」


 言って、師がオルレオに剣を投げ渡した。


「その技術が、“徹し”、ですか?」


 オルレオの問いかけに、師は口元に弧を浮かべた。


「そうだ……“徹し”、流派によって心閃しんせん翔斬しょうざんとか様々な言い方がされる技術の一つだ。斬撃が効きにくい相手に徹し、剣の長さよりも太い敵を両断する技だ。極めていくと斬撃を飛ばせるようになったりする……オレには出来んが」


 その言葉に、オルレオは意外を持った。


「師匠でも、出来ない技ってあるんですね」


「別に斬撃を飛ばさんでも、敵に近づいて切った方が確実に仕留められていいだろう」


「でも、敵の間合いの外から攻撃する、というのは近接主体の剣士にしたら奥の手にもなるんじゃなくて?」


 疑問を呈したのは、アデレードだ。自然な流れで魔力を操作していたのだろう。ほんの少し目を離したすきに、ボロボロになった鋼鉄兵は元通りに修復されていた。


「そりゃ、どんな距離だろうと届いて、どんな敵でも斬れるならそうだがな……距離と威力は反比例する。余程この技に才能があるやつじゃないと実戦では使い物にならん」


 そうバッサリと言い捨てた師に、オルレオは少しだけガッカリしていた。斬撃を飛ばすことが出来れば、少しはあの二人との実力差を埋められるかもしれないと期待していたからだ。


「それにな、遠距離攻撃ならなら弓矢に魔法、投石といった他の手段で代用が効く。自分に出来なければ、周りを頼ればいいだけだ」


「そうね、適材適所って言葉もあることですし、ね」


 疑問を投げかけたアデレード自身も納得がいったのか、薄く笑みを零した。


「で、どうやるんです?」


 オルレオは気落ちした気分を一掃して修行に専念するために、師に向き合った。


「まずは、正しい剣筋を立てること。刃先のもっとも切断力が出る部分を敵にブチ当てて切り込む。これが一番」


 それについては、オルレオも普段の素振りから意識してやっている。何せ幼いころ、師と一緒に修行を始めた時から口酸っぱく言われてきたことだからだ。


「これについては、まあまあの精度だな。鋼鉄兵にしっかり剣を喰いこませることが出来たのはそのおかげだ」


 ふむ、とオルレオが頷く。


「次に重要なのが、力を剣に乗せること。体重移動、筋肉の動き、手首の力の入れ具合……そういった動きの中で生まれた力と剣を振る力を相乗させて相手に叩き込む」


 これは、オルレオが最近、意識し始めていたことだ。“巨人崩し”を教わった時から、その技術を何か応用できないか考えていて、自分の体重や勢いを上手く利用しようと試行錯誤を重ねている。


「これについては、まだまだ粗削りだな。踏み込みの時に受ける地面からの反発、剣を振るときの遠心力、それから全身の力の入れ方に課題がある」


 なるほど、とオルレオが強く頷いた。前二つは今まで考えたことがなかったし、意識しすぎて身体に変な力が入っているのは何となく自分でも気づいていた。まさかそれがたった一太刀で分かってしまうとは……やはり自分の師はすごい人なのだ、と感心しなおしてしまう。


「んで、最後が、魔力」


「は?」


 最後の最後で一気にオチた気がする。主に、期待感が。


「え……いや……魔力ですか……?」


 なんで、最後の最後に魔力が? とオルレオの脳内は混迷を極めていたが。


「そう、魔力だ」


「俺、魔術なんて出来ないですよ……?」


 そう、オルレオには魔術の才が欠片もなかった。一度だけ、師が魔術の手ほどきをしてくれたことがあったが、初歩の初歩で躓いてしまうほどに、絶望的なまでに才能がなかった。


「ふふ……魔術を使えなくても、魔力を使うことは誰にだってできますよ?」


 そう言って、アデレードがほほ笑んだ。


「本当ですか!?」


「ええ、魔力は例外を除いて世界のどこにでもあるものですから。どんな人にも魔力はありますわ」


 俄然、オルレオにやる気が湧いてきた。


「ということでまずは魔力を感じ取る訓練からだ、その場に座れ」


 師に言われた通り、オルレオは地面に座った。


「そのまま目をつぶって、呼吸に集中しろ、大きく吸って大きく吐いてを繰り返しながら己の内に意識を落としていけ……寝るなよ?」


 師の最後の一言にちょっとだけ噴き出したが、それでももう一度ゆっくりと意識を沈めていく。


「意識が外とギリギリ繋がるくらいのところで留めたら、今度は血管の流れをイメージしろ。全身を力の源が巡る、そんな感じだ」


 身体の隅々にまで酸素が行き渡り、活力の湧くようなそんな気分がしてくる。そこに、何か別のうねり・・・がぶつかってきた。


 それは身体を血管と同じように巡りながら、それでも何かを生み出すこともなく、消費されることもなく、ただただ全身を流れているようだった。


 大きく息を吸い込む。すると空気から取り込んだ力がうねりに取り込まれて少しだけ流れが強くなったような気がした。


 それでもその流れの強さを維持することが出来ず、すぐに勢いは弱まった。


「魔力の流れが掴めてるみたいだな」


「この、なんかうねってるやつですか?」


「個人個人で感じ方には差があるらしいからな、何とも言えん。今度はその流れを手のひらに集めるようにしてみろ」


 言われて、今度は手のひらにうねりが密集するイメージを造ってみた。うねりはすぐに散ろうとするけれど、弱まりそうなところで息を吸って、そとから新たな力を取り込むようにして勢力を維持する。そしてさらに自分の手のひらに力を集めてを繰り返して……


「目を開いてみろ」


 開いた眼に移りこんできたのは、何の変哲もない自分の手のひら、それでも、そこには確かに何かがあるような気がしている。


 試しに、軽く手を振ってみたところで。


「あ!?」


 力を維持することが出来ずに霧散させてしまった。


「今のが、魔力……?」


 呆然とするオルレオの前に、師がたっている


「そうだ。今度は剣を握ったまま魔力を込めてみろ」


 言って、オルレオが目の前に置いた剣を指さした。


「でも、今も結構集中しないと無理だったのに」


 文句を言いながらも、オルレオは剣を持って立ち上がっていた。


「一回コツを掴んだら早いもんだ」


 そう無責任に言い放つ師を前に剣を構えて、意識を集中させる。今度は手の平じゃなくて剣に力が渡るように意識して、呼吸を繰り返す。


 師が大きく横に動いた。開いたオルレオの正面に歩いてくるのは、鋼鉄兵だ。


 一歩一歩、オルレオの前に進んできて距離を詰める。


「今!」


 師の一声で、オルレオは剣を振るった。放たれた一撃は真横一文字。しかし、オルレオの一撃は鋼鉄兵の身体を両断することは出来ず、4分の3ほどのところで喰いこみ、止まった。


「さっきと……変わらない……」


 オルレオが落胆したように言う。


「たわけ、よく見てみろ」


 言って、師が指をさす。


 その先にあったのは、亀裂だ。先ほどは蜘蛛の巣のようにヒビが奔っていたというのに今度は一本の亀裂だけが、鋼鉄兵の身体に刻まれていた。


「まあ、多少は進歩したってことだ。」


 言って、師が笑った。

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