第89話 月末修行

 翌朝、オルレオはいつも通りに朝の日課をこなした後で、師の言いつけ通りに闘技場へと足を運んでいた。ちなみに、オルレオが宿を出た時、既に師は宿を出ていたらしい。どうやら朝食も取らず、起きて早々に出ていったのようだ。


 珍しいこともあるものだ、とオルレオはハッとしたように天を見上げて。


(いきなり嵐になったりしないよな……?)


 長年共に暮らしていた師の行動に奇妙を感じて、何か起きるんじゃなかろうかと不安の影が脳内をよぎる。


 朝に弱くて、オルレオが素振り、水汲み、薪拾いを終わらせて太陽がすっかり顔を出して気温が上がり始めたころにようやく起きだしてくるのがよく見る師の姿だった。


 そんな男が、自分よりも朝早くに起きて動き出しているとは一体全体どうしたことだろう、とオルレオはしばし考え込んでいたものだが……。


 その答えは、闘技場にあった。というか、いた。


 明らかに寝起きが悪かったのか不機嫌感満載に直立している師と、その隣でニコニコと朗らかな顔で優しく手を振っているアデレードだ。


 二人で並んでいるのを見て、ああなるほど、とオルレオは納得をしていた。特にこう、理由があるわけではないが、何となく、師が何かをアデレードさんに頼んだのだろうと、だから早起きまでしたんだろうと、そういう謎めいた勘が奔ったのだ。


「おはようございます、師匠、アデレードさん」


「あらあらまあ、おはようオルレオ君、挨拶出来て偉いわね」


「……それって、小さな子供にいう誉め言葉では?」


 オルレオが少し恥ずかしくなって抗議を含めた疑問を投げかける。


「あら、世の中には、いきなり朝方人の家にやって来て挨拶もなしに要件を話す大人の男もいるんですよ?」


 すると、抗議の声というより咎めるような鋭い声色でアデレードが横目で師を見つめた。


「……今日の修行内容についてだが、」


 対して師は、非難するような言葉にも今まさに刺すように変化した視線にも全く気にした素振りをみせずに話し続けた。


(どういう心臓してんだ? この人……)


 怒りをぶつけられている本人よりも見ているこっちの方にダメージ来てるってどういうことよ? とオルレオはこの場から逃げ出したい気分でいっぱいになりながらも師の言葉に耳を傾けた。その隣から発せられている圧を無視するようにしながら、だ。


「“とおし”について教えていこうと思う。アディ、頼めるか?」


 ついっと、アデレードが顎を逸らして無視をしていた。


 子供か!? と、ついつい喉から叫びだしそうになるのを無理やり飲み込む。師とほぼほぼ同年代の女性がそんな子供っぽいしぐさをしているのを見て、かわいいとか何より衝撃が先にくる。


(あんなカッコイイ人でも、ああいう子供っぽいことするんだ……)


 その感情は落胆とか失望とか下がる方面の感情でなく。新鮮とか驚きとか、そういう斜め上にかッ飛んでいくような摩訶不思議な衝動だ。


「……おい」


 普段通りの発言のくせにどこか弱弱しく師がアデレードに呼び掛ける。それをまた、つんっと無視してアデレードは背を向けた。


 あ、これは、師匠も自分が悪いのがわかってるやつだな。っとオルレオは一つ理解を得ながらも二人の様子を黙って見つめていた。


 困ったように頭をかいた師が、そっとアデレードの傍によって、オルレオには聞こえない小さな声で何かを言っている。それを受けて、アデレードの方も小声で何かを応じて……成立したらしい。アデレードは満面の笑みで、師の顔は渋面に染まっている。


 二人の関係がどんなものなのか、オルレオにはわからない。それでも決して悪いものではないのだろうな、とそんなことを思って、オルレオは曖昧に笑っておいた。


「それではお待たせしました」


 喜色満面のまま、アデレードがポンッと手を叩いた。


 地面に魔法陣が浮かび上がり、そこで破片が組み上がるようにして二つの型が生まれていく。人を模したその形は、オルレオがつい最近、見てきたものだ。


「ゴーレム?」


 片方は、エテュナ山脈でオルレオが相手にした金属兵メタルゴーレムだ。ギルドの方で解析した結果、雑多な金属を適当に混ぜ合わせてくみ上げられた粗悪なゴーレムだそうだ。


 確かに、明るい日の下で見ると表面の色がくすんで斑模様まだらもようになっていて恰好悪い。

 

 対するもう一体は、キレイな光沢を放っていた。まるで新品の剣や盾を思わせるような曇り一つない、磨き抜かれた鈍銀にぶぎん色だ。


「ちょっと、伝手を使ってな。お前が倒したっていう金属兵の破片を買い取ってアデレードに再生してもらった」


 金属兵をカンカンと剣の鞘で叩きながら、師が言う。


「んで、こっちの鋼鉄兵スチールゴーレムはアデレードに鋼鉄から創り上げてもらったゴーレムだ……試しに斬りかかってみろ」


 師の言葉と共に鋼鉄兵が一歩前に出た。オルレオも応じるように一歩を前に出し、剣を引き抜いた。構え、呼吸を整えて、一気に距離を詰めた。


 鋼鉄兵の眼前、もっとも剣の威力が乗る位置で急制動をかける。押し切れない勢いはそのすべてを剣に乗せて鋼鉄兵へと斬り付ける。


 金属が裂ける甲高い響きとひび割れる鈍い音があたりに轟く。


 目の前で起きた結果に、オルレオは顔をしかめた。


 金属兵相手ならやすやすと切り裂けたというのに、鋼鉄兵相手だとその身体の途中までに剣が喰いこむように斬り進み、その先はひび割れるのみだったからだ。

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