第88話 約束の月末
「パーティーに入らないか? って……正気?」
思わずオルレオはそう答えていた。というのも、オルレオは自分自身が大きく二人に劣っていると思っていたからだ。が、モニカとニーナは返答に面食らったように押し黙っていた。
「……正気って、オマエな!! 正気じゃなかったらわざわざこんなこと言いにこねーっての!!」
苛立ったようにモニカが叫ぶ。
「……ああ!」
その声で、納得の言ったオルレオが声を上げ。
「……え?」
二人が、本気でオルレオとパーティーを組みたがっているのだ、と気が付いたその瞬間、呆けた声が出てきた。
「ええ、とよろしいですか?」
その様子を見ていたニーナが静かに優しく声をかけた。
「オルレオは、その……自分が私たちにふさわしくないと考えているんですか?」
問われた言葉に、オルレオは素直に首を縦に振った。
「この間の仕事の時もさ、俺って二人みたいに強かったり凄かったりするわけじゃないからさ、足手まといにならないようにするので精いっぱいだったし……なんでおれなんだろ? って感じ」
言ったオルレオの言葉に、モニカの右眉が跳ね上がった。
「はあ!? お前それ本気で言ってんのかよ!? あんな馬鹿でかい大剣吹っ飛ばしといてか!?」
「いや、あんなのはただ盾で弾いただけで……」
「あなたがあそこにいなければ、モニカは死んでいたかもしれないのにですか?」
モニカが驚いたように声を上げ、オルレオが不思議そうに言葉を発し、ニーナがゆっくりとオルレオに問いかけた。
「まさかそんな……あれくらいならモニカやニーナにだって出来たんじゃないの?」
「私が矢で弾こうとしても質量差で負けますね」
「アタシが風で逸らしたとして、微妙だろうな。上手くいったとして、大剣が通過する衝撃でさらに転がされて踏みつぶされんのがオチだな」
二人の言葉に、オルレオは少なくない衝撃を受けていた。モニカとニーナは自分よりも遥かに格上だと思っていたからだ。
「いやでもさ、俺、二人よりも倒した敵の数は少ないし、なにより、ほら! 俺って魔術とか使えないし!」
「お前、馬鹿か?」
何故か必死に自分を貶していくオルレオを、モニカが一言で止めた。
「お前が自分で自分をどー思ってんのかは知らねー。でもな、この二回の冒険で、お前が前線で盾構えて踏ん張ってくれたから、アタシらは好き勝手動いて戦えたんだ! お前のおかげで、死なずに済んだんだ! お前のおかげで
モニカが苛立たし気に、それでも優しい言葉で吠えた。
「……オルレオはいささか自己評価が低いみたいですね」
ニーナがこれまでにないほど平坦な声で告げる。
「いいですか? オルレオ、あなたがどう思っているのかは知りませんが、あなたの実力はかなりのものですし、盾の扱いについては最早熟練の域だと言っても良いほどです。あなたがそれを認められなくとも、私たち二人はあなたが優れた盾使いだと認めています」
告げた言葉は厳しくも、温かかった。
「あ、ありがとう、ございます」
思わず、オルレオは頭を下げていた。こうまで評価されているとは思わず、素直に嬉しかったからと、真っ赤になった顔を隠そうとして。
「~~~~~ああ、もう、とりあえず! パーティーに入るかどうかは考えとけよ!! いいな!!」
言って、モニカはふり返らずに店の外へと歩いていく。
「オルレオ、三日後の鐘四つ時、ギルドで待っています。あなたの気持ちを聞かせてください。」
ニーナが小さくお辞儀をして去っていく。
二人の背中をオルレオはただ静かに見守ることしかできなかった。
♦♦♦
二人が店を出てすぐに、オルレオはひとつ、大きく息を吐いた。そして、一度大きく息を吸い込んで、深呼吸をする。それでも、心臓の音がうるさく響いていた。
「パーティーか……」
今の今まで考えてもこなかったことだ。オルレオとしては、このまま一人でこの街を拠点にして冒険者として活動し、いつか師に認められるほどの剣の腕になればいいと、そう思っていた。
ならその思いのまま生きていくために、この誘いを断ってしまおうか、と考えてみるが……それは何か違うような気がする。かと言ってこのまま誘いに乗るのも何かひっかかる。
さてどうしたものか、と悩んだところで、ドアベルの音が響いた。ちらりとそちらを見た先にいたのは、がっしりと鍛えこまれた身体をしたよく見知った男だ。
「師匠! なんでここに!?」
オルレオの師、ガイが大きなザックを担いでやってきたのだ。
「あん? 何言ってやがる、月末になったら稽古つけてやるって言っといただろうが? わざわざ前泊しに来たんだ、感謝しろ」
あ、と思ってオルレオは壁にかけられた
「あ、ありがとうございます?」
あれ、なんで感謝してやらなきゃいけないんだ? とか思いながらも反射的にお礼を述べて頭を下げてしまう。
「おう、で、どうだ」
どかどかと遠慮なしに歩いて来て、断りもなしにドッカと椅子に腰かける。
「どうって?」
「ここ最近、というか、ここ数日での仕事だ。何かあったか? 話してみろ」
その言葉に、オルレオはポツポツと話を始める。タティウス断崖でのこと、エテュナ山脈でのこと、そして、今しがたパーティーに誘われたことまでをオルレオは言葉を探すようにしてゆっくりとしゃべりきった。
意外だったのは、その間、師であるガイが、軽い相槌を打つだけで一切茶化したり、話の腰を折らなかったことだ。そうして、オルレオが。
「パーティーに誘われたはいいけど、どうしたらいいかが分からないんですよね。こう、俺を評価してくれるのは純粋に嬉しいんですけど、足手まといになりそうってのもあるし、それに……」
「それに、なんだ?」
ぶっきらぼうに促されるのが、何故だかオルレオには心地よかった。
「いや、わっかんないんですよ? こうパーティー組んだとしてですよ、俺がそのパーティーの一員として上手くやっていけんのか、とか、そもそも何するんだろ? とか何かこう……人と何か一緒にやるってよくわかんなくて……」
「そりゃそうだろ」
言って、師が笑った。
「そうやって色んなこと経験させるためにお前を街に下ろしたんだ。初めに言っただろうが『経験積め』って」
オルレオもその言葉には覚えがあった。
「それって、剣のことじゃ……」
「アホ、人生についてだ」
「じゃあハナッからそう言ってくれませんかね?」
「やかましい! 言葉の裏ぐらい読み取れ! 馬鹿弟子!」
しばし言い合って、その中でオルレオは吹っ切れたように息を吐いて笑った。
「で、楽しかったか? その二人との冒険は」
少しだけ余裕の出てきたオルレオに、ガイは一つ言葉を投げた。
「楽しかったか、って言われればまあ」
返ってきた答えに、ガイは頷き。
「なら、好きにしたらいい」
「それって、パーティーを組めってこと?」
「いや、どっちでもいい」
中途半端な返答に、オルレオが不満げな顔した。その顔を見たガイがフッと楽し気に言った。
「オレから言えるのは、背中を預ける仲なら楽しく過ごせる奴のほうが良いってことくらいだ」
その顔は、今までオルレオが見たことがないくらい寂し気で、どこか柔らかな顔だった。
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