第81話 ぴったりの仕事9

(増援が来る気配はありませんね……)


 左手に弓を右手に矢を持って戦場のさらにその先、おそらくは敵の本拠まで続いていたであろう道を中心に全体を広く見渡していたニーナはそう結論付けていた。


 戦いの第二幕が始まった時点でニーナは矢を放たず、警戒することを最重要として選んだ。


 理由は一つ。魔獣に自殺や自滅はない、ということ。


 命を模した魔力で形作られる魔獣には生き物が持ち合わせる三大欲求などは一切持ち合わせていないと言われている。生存欲求と戦闘欲求、この二つだけが魔獣の持つ欲だとみなされている。


 それを知っているニーナは、自分が創り上げた茨の囲いが燃え上がったときに思った。


 これは時間稼ぎなのだ、と。


 おそらくはだが、あの炎の中には安全地帯があって、そこで敵の魔術師は火勢を維持しながらこちらへの抵抗として金属兵メタルゴーレムを繰り出しているのだろう。


 だからこそ、警戒に専念するために攻撃の手を止めたわけなのだが、山脈の奥へと続く道は不気味なまでに静まり返っている。視線を手前に戻した戦場の盛り上がりとは真逆の光景に、自分の判断が間違っているのだ、とそう考えたニーナは左手に持った弓を眼前に構えて言葉をつくる。


展開せよアドレスケレ


 口から発せられた呪文に呼応するように魔力による変質の光があっという間に弓を包み込んでいく。


 光は持ち手の部分で強く大きく成長し、やがて上下に分かたれそのまま端まで移動していく。その光は本来の両端を通り越してもまだ力を失うことなくみちを残すように連なっていく。


 そうして光の消えたあとで残されたのは、大弓だ。


 元の弓よりも1.5倍ほど、オルレオの背丈すらも越すほどの長大な弓がニーナの左手に収まっていた。 


 その弓に番えるために矢筒から引き抜いた矢も、弓と呼応するかのように長さを増している。


 左手でまっすぐに立てた弓に矢を番えてゆっくりと引く。ギリギリと張りの強くなった弦を引く音が戦場から離れた位置にいたニーナを中心に伝播する。


 そして、音を立てることすら忘れたように矢は放たれる。


 矢は空気を切り裂いて一瞬で目標まで突き進み……


 オルレオを半包囲していたゴーレム。その最右翼を砕いた。



♦♦♦


 その時、オルレオには何が起きたのか全く分からなかった。


 気合を入れて盾を構えなおしたその途端、自分から見て最左翼にいたメタルゴーレムが崩れたのだ。それも、上半身が粉々になって。


「……は?」


 呆けたオルレオとは違い、メタルゴーレムたちは何も起こっていないように稼働を続ける。鶴翼からV字になるように中央の角度を浅く両翼の間を狭くするように動き始めたのだ。


 それと同じくして、オルレオには左からは打ち下ろし、右からは突き上げの合わせが放たれる。


 正面に回避を、とオルレオはを向くがそこには防御を固めるように両腕を構えた一体の姿が映る。


(ここは無理)


 防御を打ち崩す間に両側からの攻撃を喰らうと判断したオルレオはやむなくバックステップで距離を取る。

 

 眼前を挟み込むように腕が交差するのをみてオルレオはその中央に突きを放った。


 剣は手前、右側の腕を破壊したはいいが左は無傷のままで残った。


 ならば、とオルレオは左足を前に右へ半歩ほど近づく。突いた剣を横薙ぎに滑らせるように振り切ることで牽制する。


 腕を砕いた一体の表層を削るようにして回った一撃は、その横、距離を詰めようとしていた一体の動きをわずかならが止めた。


 そこに隙を見たオルレオは腕を上に畳むようにして肘を突き出し、体重をかけるように一歩を大きく踏み込んで撃ち込んだ。


 右の腕甲、翼竜の甲殻で覆われた肘部分はメタルゴーレムの硬度に負けることなくその身体を砕き、たたらを踏ませて後退させることに成功する。


 包囲の一角を崩したオルレオの頭に、そこから脱出を図ろうか? とよぎるがそれを無視して片腕だけのゴーレムを右の逆袈裟に仕留めた。


(ここで逃げたらモニカの方に行くかもしれない……それは防がないと)


 そう思ったオルレオの横を一筋の風が掠めていく。


 つ、とそちらに視線を走らせれば、先ほどのように上半身を砕かれたゴーレムと、さらにその向こう、長大な弓を構えたニーナがいた。


(……怖!!)


 驚愕に目を見開いたオルレオに何を思ったのか、矢を放ち終えて空いた右手をひらひらと振りながらにっこりとニーナが笑った。


(矢って刺さるもんじゃないの!? なんで金属で出来たゴーレム砕けてんの!!?というか、さっきの矢すぐ隣通過したかと思ったら結構距離あるんだけど!!??)


 オルレオはすぐ横を風が通ったのを感じていたが、実際に矢が奔ったのはメタルゴーレムで換算すれば二体分の幅はゆうに超える距離だったのだ。


 その一撃は、以前の調査クエストでも見たことの無いほどの威力と精度で、構えた弓もまた見たことがないものだった。


(と、いうことは……)


 ふり返り、モニカの方を見るようにして右手側にいたゴーレムへと右足を横に開くようにして向き直り、頭上に振りかぶった剣を縦に割るように振りぬいた。


 真っ二つに割れたゴーレムの間から見えたのは、怒涛の勢いで両手剣を繰り出すモニカだ。


 時に片手でリーチを伸ばすように遠くの敵まで突き込んで砕いたかと思えば、引き戻し両手で剣を振るうことで周囲にいたゴーレムを巻き込むように切り裂いていく。


 火炎の中から次々に現れるゴーレムを足止めにもならないとばかりに薙ぎ払いながら前進を続ける姿がそこにあった。


「ボーっとしちゃダメだよ?」


 はっと、したときには、オルレオの背にはゴーレムの影が迫っていた。慌てて左手の盾を掲げるとそこに、トンっとした軽い衝撃が降ってきて、次の瞬間には消えた。


 同時、盾の向こうで三体のゴーレムが微塵に刻まれた。


 小さな影がそのまま、オルレオを挟み込もうとしたゴーレムの足を撫でるように削ってモニカの方へと走った。


「ああ!? なんでコッチ来てんだ!」


 せっかく楽しんでいたところに水を差されたっといった気分なのかモニカが怒鳴る。


「早めに終わらせて帰りたいから、かな?」


 それを軽々と受け流しながら、フレッドが飄々ひょうひょうと言ってのけた。


 二人は軽口をたたきながらでも余裕を持ってゴーレムを壊していく。


「……負けちゃいられない」


 圧倒的な力の差を見たオルレオだが、気落ちすることはなかった。むしろ今まで以上にやる気を滾らせて自分の周囲、残ったメタルゴーレムを確認する。


 視界に映るのは両手の指の数よりもやや多いかと言うほどの数しかいなかった。

陣形を崩されパラパラと散発的になったゴーレムへと向かう前に、オルレオは少しだけ考えてから突っ込んだ。


(あっちがたどり着くまでに倒し切る!!)


 勝手に自分の中で目標を決めて、自分の中で燃えている何かに燃料を投下していく。


 正面に捉えた一体を逆袈裟に斬り下ろす。


 そのゴーレムの右に回り込むようにして身体を半回転させて盾を構える。やや左に芯を外した体当たりの一撃が盾に受け流されてオルレオの後ろへと突っ込んでいく。


 それを無視して踏み込んで一体。次いで、左、盾に隠れるようにして近づいてきたものを一体。もうひとつ、背後を取って攻撃してきたのを躱して一体。


 自分の戦える範囲で、自分に出来る技術で、自分が出来る戦いで、オルレオはメタルゴーレムを倒していく。


 視界の端でチラチラとモニカとフレッドを捉えていると、あちらも順調に目的地に近づいているようだった。ニーナの矢も、すでに向こうへの援護に切り替わっている。


 それが、ありがたかった。


 自分勝手に戦いに全く関係ないところで目標を立てていたのがバレたようで何だか恥ずかしい気もしたが、とにかくありがたかった。


(自分だけで倒せなきゃ意味がない……)


 つまらない意地と目標だ。それでも自分にはソレが何か意義のあるものだとオルレオは感じていた。


“意地の一つも張り通せなくなりゃ、ツマらんだろう”


 どこからか師の笑い声が聞こえてきた気がするが、それは無視してオルレオは前に出た。


 盾で受けて返す刃で一体。剣で受けて盾で返して一体。盾で押し込んで体勢を崩したところに剣を刺し込んで一体。隙を狙ってきた一撃を腕甲で受けて盾の縁を叩き込んで一体。剣を回収してさらに一体。


 見れば、もう二人の身体が炎に照らされて影の様にしか見えなくなっていた。


 知らず、オルレオは歯を剥きだすように笑った。


 盾で、剣で、腕甲で、受けて、捌いて、流して、殴って、斬って、叩いて、殴って、蹴って……とにかく身についていたモノを全て出し切るように、オルレオは戦った。


 そうして、最後の一体に刃を突き込もうとしたその瞬間。


「炎ごと吹き飛ばしてやる!!!」


 オルレオの後方で再度の暴風が吹き荒れた!!

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