第80話 ぴったりの仕事8

 燦然さんぜんと燃え盛る炎の中でいくつもの黒い影が立ち上がる。まともな生き物ならば呼吸一つできずすぐに昏倒する紅蓮の檻を破らんとするように影は次第に数を増してゆっくりと近づいてくる。


「「「――――――!!」」」


 オルレオ以外の三人もその状況に気が付いて武器を構える。


 オルレオを先頭に、モニカがその直後、ニーナとフレッドは左右に分かれてそれぞれが弓に矢を番えていた。


炎の中からのっそりと人型が現れる。光沢を帯び、揺らめく赤色を反射しながら堂々とまっすぐにオルレオ達に向かって歩いてくる集団。


「―――金属兵メタルゴーレム!!」


 その姿を見て、ニーナが大きく声を上げた。同時にあてがっていた矢を外した。対してフレッドは番えていた弓を思いっきり引き絞った。


 放たれた矢は先頭の一体、その首に吸い込まれるようにして飛んでいき……突き立つことなく『キンッ』と甲高い音だけを残して弾かれていった。


「どうやら被甲メッキってわけじゃなくて全身金属ってトコか……厄介だねぇ、ホント」


 弓をしまってナイフを引き抜きながらフレッドが冷静に告げる。


「構やしねえ! アタシが全部ぶった切ってやる!!」


 言って、モニカが両手剣を振りかぶったまま駆け出した。


「ああ、もう!!」


 止める間もないほどの速攻に、文句を言うこともできなかったオルレオはその背を追うようにして駆け出した。


 迎え撃つメタルゴーレムは数歩を歩いたところで横一列となって立ち止まった。


「ッチ!!」


 舌打ちを響かせたモニカがステップ一つで方向を転換、一番左端にいる一体を右袈裟に切り落としてすぐさま飛び退ずさる。


 その眼前、すれすれの位置を剛腕が通り過ぎる。


「ッハ!! やっぱりか!!」


 真横にいたゴーレムからの反撃を事前に読み切っていたモニカが、ひやりとした様子もなしに吐き捨てる。


「コイツら、最初ハナっから捨て石だ! 一匹仕留めたらその横から反撃が来る!!」


 叫んだモニカに向かって、炎の中から分離するように火球が襲い掛かる。


「クソッ!!」


 それを振るった両手剣の剣圧だけでかき消したモニカの視界に映ったのは、徐々に勢いを失っていく炎と、その中からさらに湧き出てくる多数のゴーレムたち。


 一塊になって迫りくるゴーレムの群れに何度目になるかわからない舌打ちをしてから、モニカは一直線に突っ込んでいった。


「またか!!」


 後続や援護なんてことをまったく頭に入れずに突撃をしていくモニカに対して、思わず抗議したオルレオは瞬時の判断を迫られていた。


 現状、オルレオとモニカの間には横一直線に並んだメタルゴーレムの壁が存在している。


 モニカがこのゴーレムたちの端を削り取って、その奥へと駆け出したからこその位置関係だ。


 だがそれは、


(最悪の状況だ……)


オルレオから見たらモニカを敵陣の真っただ中に取り込まれた形だ。これでもし、この目の前の壁が反転してしまったら……


 モニカは包囲された形になってしまう、全方位を囲まれてしまえば流石にモニカの魔法剣でも事態の打開は難しいだろうし、自分たちにとっての最大戦力が孤立してすり潰されるのは何がなんでも避けなければならない。


 結論から言って、オルレオにやれることはたった一つしかない。


「オオオォォォオオ!!」


 吠え猛りながらそびえたつ金属壁に向かって吶喊とっかんする。端から削るなんて悠長なことはしない。ど真ん中から風穴を開けるつもりで全力を持って盾を叩き込む。


 金属同士がぶつかり合う耳障りな音の後で、左右から拳が降り注ぐ。片や暴風雨のような横殴り、片や豪雨のように脳天目掛け。


 引き戻した盾で頭上を守り、身体を半回転させるように剣を薙いで腕に斬りかかる。


 鈍い音とともに地面に縫い付けられそうなほどの衝撃が全身を襲い、手には弾かれた痺れが伝わってくる。


 それでも、一瞬たりとも動きを止めることはしない。


 咄嗟にかがめた頭上を押し込んだ正面からの腕薙ぎラリアットが素通りし、そこを狙ったように面前に地面から掬い上げるような拳が迫る。


 そこに合わせるように剣の柄を叩き込んだ。


 ヒビの入った割れるような薄く短い音の後に、鈍い響きとともにゴーレムの拳から肘までが砕けていく。


 同時。


「かはっ……」


 背中に強打を受けてオルレオは肺の中の空気を強制的に排気させられて一瞬目の前が真っ白になった。


 それでも意識だけは働き続ける。

 

 心の中だけとはいえ拳を砕いた手応えに浮かれていたのがまずかったのだろうか、それとも目前の敵に対処することにかまけて警戒がおろそかになっていたのか、はてまてその前の避け方が悪かったのでは、いやそもそも敵のど真ん中に突っ込んだことが……


 次第に遠くなり始める意識の中でもオルレオは自分の何が悪かったのかをただただ考えづけて……。


“そもそもお前が弱っちぃのが悪いんだろ”


 ふと聞こえた師の声を最後に視界が白から黒に移り変わろうとする。


“いいから起きろ、修行を続けるぞ”


 そして、何度も聞いたその声が、オルレオの目を覚まさせた。


 目前には迫りくる大きく振りかぶった真下に叩きつけるような猛打。


(あ、これは間に合わない)


 どこか冷静にそう思ったオルレオの頭とは裏腹に、身体はとうに動き始めていた。

 

 左足を踏み込むようにして前に、擦るようにして右足を後ろに。


 両脚は関節をゆるく曲げて力は籠めず。


 盾は迎えるように構えるのではなく、合わせるように一直線に持ってくる。


 そうして敵の打撃が表面に達したところで、その威力を全身で分散させるように受け止め、筋肉を全力で稼働させる。


 力を入れて固めるのではなく、力を生んで動くように。


 後はほんの少しだけ動けばいい。相手の力が動きやすいように盾の角度を変えて滑らせるように流していく。


 残るのは、隙だらけになった相手だけ。


 今度はこちらから右手の剣を相手の胴体へとまっすぐに繰り出していく。刃先を立て、ブレず、曲がらず、空気さえも切り裂いていくように素早く。


 結果として、オルレオが完全に意識を取り戻したときには、正面、まっさきに盾を叩き込んでやった一体は腰から右逆袈裟に両断されて地に伏した。


“そら、次だ次。呆けるな”


 視界の隅で両脇のゴーレムがオルレオを前後から挟み込むように腕を振り回しているのが見える。左側が正面、右側が背後狙いだ。


 ならば、と左手に持った盾を横薙ぎに、裏拳のように叩き込んでやって無理矢理正面を開ける。後はその反動を使って前に出れば挟撃は交わしてしまえる。


 ふり返ってみれば、横一列になっていたゴーレムはオルレオを囲むように両翼を押し上げて半包囲の形を取っていた。


 合流するか、とチラリとモニカの方を見る。


「オラオラ!! 道を開けろ!! ドケェエ!!!」


 が向こうはまだまだ余裕ありそうな感じで迫りくる敵をバターか何かの様に斬り伏せていた。


「……だったら、こっちくらいは自分で何とかしないとな」


 もう一度覚悟を決めなおして、オルレオは盾を構えた。

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