第79話 ぴったりの仕事7

 モニカが魔法剣をぶっ放して魔獣を混乱させている丁度そのころ、一つの力込められた言葉が静かに、しかし力強く唱えられた。


茨の森インベリオ・シルヴァ


 短い詠唱と共に弦から矢が解き放たれて風を切った。その矢はどの魔獣にすら当たらず、そのまま地面へと突き刺さり……。


 一瞬にして、芽吹き、育ち、人と同じくらいの大きさの木々となって一斉に広がっていく。


 あたかもどこかからこの場に森を引っ張って来たかのように、ごつごつとした石に覆われた川原はあっという間に緑に侵略された。


 荷物を手にしていた魔獣たちも散り散りになってまるで動いているかのように成長していく木々をかき分けて動こうとはする。


 が、魔獣たちの動きはことごとく阻害されていた。


 森の中をさまようように動き回っている時には縦横無尽と動き回る小さな影が魔獣たちを翻弄し、次々と一太刀で屠っていく。


 森からやっと抜け出せた、と思えばそこに矢が突き立つ。顔を出した瞬間に目から脳までを一気に貫かれ、足を出したと思えば地面に縫い付けられ、後ろから出ようとした同族に踏みつぶされて息絶え、森の外の空気を吸おうとしたところで喉から飛び込んできた矢がそのまま貫通して後ろの魔獣にまで突き刺さる。


 まさに圧倒的。


 魔獣の群れは一度たりとも反撃に出ることなく徐々に徐々にすり潰されていく。


 対して、オルレオとモニカたちの方はというと一気呵成に攻め続け、間もなく敵が全滅しようか、という頃合いにまで至っている。


 空を飛んでいた甲虫や蜻蛉は既に逃げ出したのか墜とし尽くしたかのどちらかで、残っていたのはオオカミとゴブリン、そしてゴーレムだ。


 オルレオは残った敵を一刻も早く殲滅しようと足を進めていく。正面、むかってくるゴーレムの脇を潜り抜けるようにしてすれ違いざまに胴を撫で切りにしていく。


 後ろに回ったら前蹴りで蹴飛ばして強引に自分が動けるようにスペースを作って、飛び掛かってきた三匹のゴブリンを相手取っていく。


 真上から挑んできた一匹目に剣を突き込み、右手側から来たゴブリンを盾で受け止めるため右足を半歩引いて身体ごと回転して盾を滑り込ませる。ガンっ、盾に鈍い衝撃が伝わった瞬間に、思いっきり盾を跳ね上げてその先にいるゴブリンの顎を砕いてやった。


 残る一匹は、とオルレオが周囲を探ろうとしたところで、咄嗟にオルレオは前に飛んで転がった。


 後ろから迫ってきたゴブリンが突き込んできた槍がかろうじてオルレオの背中を掠めていく。


「こんにゃろ!!」


 一回転する要領ではね起きたオルレオはそのままゴブリンへと袈裟に切っておとした。


「よう!ソッチも終わったか!?」


 辺りにもはや魔獣の姿がないことを確認したオルレオが一息を着いたところで、涼し気な声でモニカが問いかけてきた。


 あれほど暴れまわった後だというのに、多少息が上がり始めているといったくらいで呼吸を整えないとゼーハー言いながら息を切らせてしまうオルレオとは雲泥の差である。


 なによりショックなのは、オルレオ以上にモニカの方が多く魔獣を切り倒しているのにもかかわらずこれだというのだからオルレオからすればたまったものではない。


「……なんだよ?そんなに見つめても何にも起きやしねーぞ?」


 オルレオが力の差を感じすぎて悔しくなってモニカをジト目で見つめていたのだが、モニカはというとそんなことを意にも介さず、ただただ不思議そうにオルレオを見つめ返していた。


「ま、もうすぐあっちもおわるだろ……」


 そう言いかけながらモニカが振り向いてニーナたちの方を見た途端。


 ゴウッ!!!!


 とばかりに茨の森が勢いよく燃え盛った。


「いったい何が……」


 オルレオがそう呟いた途端、小さな影が一つ、オルレオとモニカの横に並び立った。


「相手の魔術師だ、どうやらちょっと……ていうかかなりのやり手みたいだね」


 パッと二人が影の方をみると、いつもの陽気な笑顔を封印してやけに真面目な顔をしたフレッドの姿があった。


「ご無事でしたか……」


 そこに、ニーナも全力で駆けつけてきた。


「まあね、火が付いた瞬間に全力逃走したよ」


 ニーナに向かって普段通りのにこやかな笑みを浮かべるも一瞬でまた真剣な顔つきに戻った。


「いったい森の中で何が起きたのか……わかりますか?」


「いんや、まったく……魔術師っぽい奴を仕留めようとしてたら急に森の中心に火の玉が出来ちゃってね、それが段々と大きくなってきたから逃げてきた」


 その言葉に、ニーナが訝し気にうつむいた。


「あの魔法はまかり間違っても低位の魔獣程度に燃やされるほどのものではなかったのですが……」


「考えられるとしたら、あの羊頭が持ってた杖じゃねえか?あれ、たしかなんか火ぃ吹いてたろ?」


「……厄介だね、どっかの馬鹿が魔道具でも奪われちゃったのかな?」


 三人がそれぞれ頭を悩ましているところで、オルレオは数歩前へと歩き出した。


「……構えて、敵が動き出すよ」


 そうして、一人誰よりも前線に立って盾を構えた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る