第78話 ぴったりの仕事6

 川原には魔獣の生き残りが集まっていた。各地で朝討ちを喰らい、残党狩りから生き残ったわずかな魔獣たちがあちらこちらからポツポツとつどい、元居た魔獣たちと合わせてそこそこの軍勢を形成しようとしていた。


 その群れの中で慌ただしく駆け巡る影が一つ。


 手には火の灯った杖を掲げ、二本角を持った羊の頭骨を頭に被り、身体にはワニの革で出来た簡素な服を着ている。背は、ホビットよりもやや高いくらいだ。


 真っ黒にくぼんだ眼窩がんかに煌々と赤い光を宿したいかにも魔術師然としたその影が群れの中を縫うようにして歩く度にフラフラとしていた魔獣たちが少しずつ纏まって動く準備をし始める。


 あるものは金属で出来た新たな武器を手にして、またある者は川原に散らばった物資を抱えていき、二つの大きなグループに分かれていく。


 片方は、資材を持って森に逃げるグループだ。誰も彼もろくな武装も持たず、両手いっぱいに荷物を持っている。

 

 残った片方は、殿しんがりかそれとも援軍か。武器を持って集まり、号令がかかるのを待っていた。


 そうして、完全に川原に集まった魔獣が二手に分かれたその時、川原を撫ぜる風が不意に止んだ。





千々ちぢに引き裂け!!風刃ふうじん!!ウンツゥーリガ・シュヴェルト!!!」


 幕開けから全力全開。モニカの魔法剣が暴威を振るう。空を飛ぶ蜻蛉トンボ甲虫こうちゅうに似た魔獣は風に巻き込まれてキリキリと宙を舞い、空から中途半端に身体を生やしていたゴーレムたちはバラバラに崩れ落ちていく。


 二手に分かれていた魔獣たちの片方、武器を持っていた集団の横っ腹に叩き込まれた狂風は川原の石や武器、あるいは魔獣そのものを巻き込んで吹き荒れる。


 後に無事なものを残したりしない。誰も彼もを傷つけた風が通り抜けたその瞬間。


「オオオォォォオオ!!!」


 一枚の大盾が弾丸の様に突っ込んできた。


 オルレオのは渾身の盾突撃シールド・チャージから盾強打シールドスマッシュに繋ぎ、目の前にいたゴブリンを数体、まとめて吹き飛ばす。そうして立ち止まると剣を抜き放ち、あいさつ代わりとでも言うように蜻蛉の羽を切り飛ばし墜ちてきたところで踏みつぶす。


 剣を振り切り足を前に踏み出したオルレオを狙い、ゴブリンライダーが狼を駆って四方から飛び掛かってくるのを、大盾を横に向け頭上に掲げて身体ごと半回転するようにして振り回して弾き飛ばすと勢い込んで、魔獣の群れの更に奥へと入り込む。


 眼前にいたゴーレムの片腕を逆袈裟の斬り上げで刎ね飛ばし、ついで真っ向から両断に切り落とす。


「一人で楽しんでんじゃねーぞ!!」


 オルレオの横を風のように通り過ぎたモニカが魔獣の群れへと踊り込む。まるで周囲に何も存在していないかのように両手剣を振るえば、ただそれだけで敵が死んでいく。


 モニカの剣筋は自由だ。ありとあらゆる防御がなんの役に立たずに両手剣に強断ごうだんされていく。そしてなにより。


「オラオラァァア!!」


 どんな無理な体勢からだろうが剣が最高速で届くのだ。


 隙を突いて攻撃を掛けられようが、全方位から包囲攻撃を受けようと、モニカの剣はそれらを先に喰い破り、逆に斬り伏せる。


(俺とはえらく違うな……)


 モニカを横目で捉えながら、オルレオは正面から突撃してくる甲虫へと斬り上げを放つ。柔らかい腹側に突き立った剣はたやすく敵を絶命させるが、反対側、すなわち甲殻を切り裂くことは出来ず、そこで止まった。


 その隙をついて、ゴブリンとゴーレムが左右から挟撃を仕掛けてくる。ゴーレムがオルレオの大盾を塞ぐように左側から腕を横薙ぎに大きく奮ってくるのを仕方なしに受け止める。


 そこを好機とばかりにゴブリンが手にした剣で切りつけてくる。その一撃を、右手の腕甲でなんなく受け止めて剣の柄で両目の間を殴ってすっころばせたところで、剣に甲虫が引っ付いたままでゴーレムをぶっ叩いた。


 甲殻が土で出来たゴーレムの表層を簡単に砕き、身体の中心までのめり込んで止まった。そこから剣を引き抜いて、のろのろと立ち上がってきたゴブリンの首を刎ねる。


 ちらりとみた右の腕甲にはかすり傷一つ付いていない。


「いい仕事してくれる」


 ちらっとイオネの顔を思い返し、オルレオは薄く笑った。


(そういえばあっちは大丈夫だろうか)


 ふっと、オルレオ達とは別、森の奥へと逃げ込もうとしていた魔獣たちを相手しているニーナ達の方はどうなっているだろうか、とオルレオが視線を向けたところで、


「うわぁ……」


 言葉にならない声が漏れた。


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