第82話 ぴったりの仕事10

 最後の一体を貫いた感触が剣を握る手に伝わったと同時、不意に身体が後方に引き寄せられる程の強大な力をオルレオは感じ取っていた。


 周囲を全て吸い込むようにして吹きすさぶ風に従って、勝手に身体が後ろに進むのをどうにか踏ん張って耐えた。


 剣を地面に突き刺して腰を低く、重心を安定させてからゆっくりと回転、正面から見据えた先に。


 竜巻があった。


 地から天に巻き上がるようなものではない。


 剣から炎へ貫き、空に向かって跳ね上がるような曲線の旋風だ。


 今も、周囲から大気そのものを巻き込みながら放たれた風の渦は砂利や枝葉、燃え盛る炎すら食らって空に昇り、散っていく。


「……何だ、アレ?」


 その濁流の中に、動くモノがいた。


 オルレオが最初に抱いた感想は、壁だった。


 つい今しがたまで相手にしていた金属兵メタルゴーレムが造っていた比喩表現での壁、ではない・・・・


 パッとオルレオが思い描いたのは、レガーノの外壁だ。


 地面から人二人分ほどの壁が揺らめく火と風の影響で細部を隠されているにもかかわらず、存在感を主張し始めている。


「ニーナ!!」


 モニカが大きな声で後方にいる相方へと呼びかける。


 そして、わずかな間をおいて戦場で二つの動きが起きた。


 一つは、吸い込まれるような風の動きが止まったこと。つまり、モニカが放っていた竜巻が急速にその勢いを失っていき、空で散ったのだ。


 そしてもう一つの動きは、壁に穴が開いたこと、だ。


 合図も返答もなく風を消したモニカに合わせるように、ニーナが会心の一射を叩き込んだのだ。


 風が止むほんの直前に放たれた矢は巻き込み風から受ける影響を最小限に抑えながら緩い弧を描くようにして飛び、壁を穿うがった。


 およそ矢によってつけられたとは思えないほどの破壊の跡が壁を彩った。砕き、抉り、崩した破片が空を舞って地に墜ち、一帯に硬質な音を散らせていく。


「……やったか!?」


 オルレオが剣を地面から引き抜きつつ言うのと、モニカが両手剣を構えるのはほぼ同時だった。


「まだだ! 気合入れなおせ!!」

 

 オルレオが慌てて盾を前面に構えた時にそれはきた。


 大きく地面を揺らしながら壁が立ち上がり始めたのだ。


「……さしずめ煉瓦巨兵ブリック・ゴーレムってところかな」


 姿を露わにしたのは、煉瓦レンガで造られたゴーレムだった。地面に埋まっていた身体の一部を揺り動かしながら地面から引き抜きつつ、地面にばらまかれていた破片がゴーレムの足下から吸収されて破損部位が修復されていく。


 そこにすかさず、ニーナが矢を撃ち込んだ。穿ちの一射は寸分たがわず、ゴーレムの胴体に風穴を開けようとし……。


 直前に硬質な音を鳴り響かせて防がれてしまう。


「……おいおいおいおい」


 モニカが睨みつけるようにして吐き捨て、


「……デッカ」


オルレオが驚愕したようにこぼした。


 二人の視線の先にあったのは剣だ。重厚で、長大で、光沢を持った金属製の一振り。それが地面から引き抜かれるようにして振り払われ、その途中でニーナの矢を弾き、そして上段に構えられた。


 ボッ、と空気そのものが爆ぜるような音共に大剣が落下してくる。


 オルレオは目の前に迫りくるソレを視認しつつも、まず、まっさきに周囲を見渡した。視線で捉えたのは、モニカが安全圏にまで脱して、フレッドが遠く離れてこのゴーレムを観察しているところだった。


 ならば、とオルレオも自身の回避に入った。


 一挙に横っ飛びして距離を稼ぐとともに、元居た方向に盾を構える。


 盾の向こう、莫大な質量が横殴りの風を発生させながら通過し、勢いそのままで地面に激突する。


 衝突するその前から風圧で地面はめくり上げられ、衝突と共に抉られて砕けた。砕かれた地面の破片は高速の飛翔弾となって盾を雨のように打突する。


 それら一切を防ぎながらたどり着いたのは、モニカの前だ。


「気が利くじゃねーか! あんがとな!!」


 モニカを背にかばうようにして剣戟の余波からモニカを守り抜く、すると、そこに声が一つ。


「お邪魔しますよ、と」


 フレッドだ。


 距離を取っていたというのに戻ってきた彼は開口一番。


「まっさか、あの炎の中でこんなもん急造してたとはね……ホント、面倒なことになった」


 三人の前でゆっくりと巨兵が剣を担ぎ上げる。


アレ・・をこの短時間で作り上げたってわけか? ……根拠は?」


 訝し気な顔で聞くモニカに、フレッドは笑った。


「さっきのニーナ君の一撃だよ。背中部分のブロックがごっそり持っていかれたのに修復がえらく速かっただろう? なら、あの身体の中身は柔らかい泥のような状態だと思うんだ。焼き固めきれなかったんだろうね」


「さっきの炎で土から煉瓦にしたんですか?」


 オルレオが率直な疑問を言ったところで、動きがあった。煉瓦巨兵が向きを変えてこちらへと振り向いたのだ。だが、そこまでだ。そこからは動きがない。


「うん。アイツ、こっち向いてから動かないだろ。多分だけど、上半身を先に固めちゃったもんだから下半身が弱いんだ。下手に動くと自重でつぶれちゃうくらいに」


 じっくりとするような動きでゆっくりと、煉瓦巨兵がじわじわと距離を詰めようとしてくる。


 三人はそれを確認すると大きく頷きを合わせて、走った。


 直線で距離を取って、間合いを拡げる。


 そこに、再度の直線がはしった。数は二条。


 ニーナの放った連続の弓射は、一本目が大剣の振り下ろしに阻まれ、しかし二本目はその右肩を抉った。右腕が垂れ下がり、千切れるかけの状態でぶら下がっている。


 すると、抉れた肩の部分から、土が零れた。滝のように降り注いだソレは自分の右腕を捕まえると強引に引き上げた。


「お?」


 そこに動きがあった。身体の中から土を吐き出していたせいか、ゴーレムの姿勢が崩れて、膝を着いたのだ。


 好機、とばかりに矢が連続して飛んだ。


 ゴーレムがその巨体のあちらこちらを吹き飛ばされ、自分の形を保てないほどに崩壊していく。


 バラバラと川原に満遍なく降り注ぐ大量の土砂と煉瓦の破片。


「こりゃ終わったか?」


 モニカがつまらなそうにつぶやく。


「いやぁ……」


 が、その声は即座に否定を受けた。


「どうにも、ほら……もっと厄介になってくんじゃない?」


 フレッドが指さす先にあったのは、金属兵メタルゴーレムの残骸。そこに、土がへばり付いている。


 オルレオはそれを見ながら首をひねっていたが、モニカはそうではなかった。


「まさか!?」


 ハッとした何かに気づいたようにモニカが剣を握る手に力を籠めると同時、風が来た。渦巻くように、逆巻くように、風はモニカの下に集まり始める。


「悪手だよ、それは」


 その横で、フレッドが目を細めた。


「あぁん!? 今のうちに吹き飛ばさねーほうがマズいだろ!?」


「吹き飛ばしちゃったらさ、下手したらあの再生するゴーレムが小型化してあちこちで動き出すかもしれないでしょ? ここできちんと再生させてそのうえで叩かなきゃ、後のことを考えるならそれが一番だよ」


 ちっ、と小さな舌打ちが風を打ち消した。


「ニーナ君もそれがわかってるみたいだね、見に徹してる」


 フレッドが感心したように言うと、オルレオがさらに首を傾げた。


「いったい、何が起きるんだ?」


「見ているといい、ほら、丁度始まったところだ」


 オルレオが見たのは、今までとは比べ物にならないほどの速度で再生していく煉瓦巨兵の姿だった。


 今まで自分の身体を構成していた煉瓦や土だけではなく、戦場に打ち捨てらた金属兵の残骸を取り込んで再生するその姿はもはや先ほどと同じとは思えぬ姿へと変貌しつつその姿を造り上げていく。


「……反則じゃない?」


 オルレオが見上げながら呟いた。


「……ま、魔獣絡みならよくあることかな?」


 フレッドはそうそうに前を見て笑い始める。


「ソレをどうにかするのが冒険者ってもんだ」


 モニカが両手剣を担いで息を整え始める。


「そうですね……で、どうします?」


 その横に、ニーナが来ていた。


「随分と堅そうだもんね……どうしよっか」


 フレッドの目線の先には、金属塊を取り込んで表面を覆った足が見えている。


装甲煉瓦巨兵アーマード・ブリック・ゴーレムってぇ、ところか?」


 モニカが敵を見据えながら名付けたとおり、そのゴーレムは先ほどとは別物になっていた。


 まずは、先ほどまでより少しだけ大きくなっている。次いでその表層の大部分は壊れた煉瓦がモザイクの様に敷き詰められているのだが、一部は金属塊が埋め込まれるように存在していて先ほど以上に硬いだろうことがよくわかる。特に、肩回りや肘は完全防備といったようで剣を振り切った隙を狙って狙撃しても楽に砕けはしないだろう。


 そこまでを見て取り、オルレオは大きく息を吐いた。


「ま、出来ることをやるよ。何かわかったら教えて」


 盾を前に剣を下段に構えて戦闘態勢に入った。


「それでは、はじめましょうか」


 ニーナの声と共に、戦いの再開を告げる弦が鳴った。

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