第77話 ぴったりの仕事5

 朝方の森はひどく喧騒に満ちていた。黒煙と土煙がもうもうと立ち込め、あちらこちらから雄たけびが轟き、地響きが鳴り、剣戟の甲高い音が奏でられ、まさしく戦場の協奏曲がエテュナ山脈の一部を包み込んだ。


「―――ッシ!」

「―――ほいっと!」


 その音に紛れるように、最小限の動きと騒ぎでゴブリンを葬り去る二つの影があった。


 鬱蒼とした森の中で両手剣を巧みに操るモニカがゴブリンや土くれ人形ゴーレムを瞬く間に切り伏せ、その陰でフレッドが近くに潜んでいた他の魔獣を仕留める。


(……速い!!)


 その様子を見ていたオルレオにはそんな陳腐な感想しか思い浮かばなかった。


 オルレオが気配を感じて剣を振りぬこうとしたときには敵は絶命していた。モニカはあらかじめ敵の配置や襲ってくる順番がわかっているように一振りで多くの敵を巻き込んで殺しつくす。フレッドはというと気が付いた時には、というよりオルレオが気が付く前に敵を殺していた。


 襲撃を受けるか、かけるかする度に魔石の回収をしつつ、フレッドがあたりを探る。


「今度はあっちかな?」


「ウッシャア!」


 地面に耳を当てたり、木に登って周囲を見渡したあとでフレッドが行く先を示し、モニカが先陣を切って走り出す。

 

 そこにフレッドとニーナが続き、オルレオが最後尾。けっして打ち合わせたわけではない自然にできた隊列で4人は森を駆け抜ける。


 そうしてしばらく進んだところで、森の様相が変わり始めていくことに気が付く。徐々に太い木々の数が少なく、地面に傾斜が付き始める。


「ストップだ」


 フレッドの不意な一言で、隊列の全員がその場に立ち止まった。


「なんだ? 敵か?」


 先頭をいくモニカが振り返ってフレッドに向き合おうとした、モニカが見たのは上を指さすニーナの姿だった。はあ、とため息を吐いたモニカが見上げた先、大樹のてっぺん近くの枝にフレッドは跨っていた。


「……一瞬でどうやってあんなところまで?」


 オルレオが唖然とした表情かおで見上げている。対してモニカとニーナは見慣れているのか、サッサと視線を地上に戻して周囲の警戒を始めていた。


「いたいた、少し下った谷底のほとりだ」


 ひょひょい、と身軽な身のこなしで駆け下りてきたフレッドが地面に着くか着かないかの距離で何でもないように告げた。


「……言いたいことは色々あるけどまあしょうがねぇ、敵の陣営は?」


「ゴブリンとゴーレム、狼に、沢蟹サワガニと昆虫系の魔獣ってとこかな?……今のところは」


 意味ありげにタメを作ったフレッドの顔面に、ニーナからの冷たい視線が突き刺さる。


「ゴーレムを創っている魔獣については?」


「姿は見えないんだけど、あそこにいるのは間違いないと思うよ?なんせ、地面からゴーレムが生えちゃってる・・・・・・・から」


「「「ん……?」」」


 偶然にもぴったりと疑問の声が重なった。


「生えてるってのは、その……」


 オルレオが理解できないとばかりに小さな声で問いかける。


「そのまんまだよ、地面から『ズルゥッ』って感じでゴーレムが湧いてるの、いやこれ訳わかんないよね」


 フレッドも自分の目で見た者が信じられないとばかりに両手を上げた。


「……おそらくは、地中にそのゴーレムを創っている何某なにがしかが潜んでいるのでしょう、それで、他には」


 いち早く冷静に戻ったニーナがさらに問いかける。


「んー? これは勘なんだけどね……あんまり長引くと敵の増援が来そうだなぁ、って」


 その言葉に反応したのはモニカだ。


「増援の可能性があると判断した理由は?」


「多分なんだけどさ、あいつら道路造ってるとおもうのよ」


「根拠は?」


「不自然なくらいに切り開かれた森と、踏み固められた地面。多分、てかほぼ間違いなく移動用に整備したもんだと思うのよ。どれくらいの距離かはわかんないけど」


 頭が痛いとでも言いたげに眉根をよせたニーナと、笑顔は消さずに額に冷や汗をかいたフレッド。オルレオはというと事の重大性が分かっていないのか頭を傾げて、普段通りにしているモニカを見た。


 モニカはため息を一つ吐くと。


「ってことは、今回は撤退するわけにいかねぇってこったな……下手したら何もかも持ったまんま森の奥まで一気に逃げられちまう」


 そう言って、息を吸い込んだ。


 わずかな沈黙が4人を支配し、全員の視線がモニカへと集まった。


「なら決まりだ。一気に突っ込んで周囲にいるザコを蹴散らしつつ、此処の親玉を叩く」


こくり、と三人が一斉に頷いた。


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