第76話 ぴったりの仕事4

 満点の星空を眺めながら、オルレオは一人火の番をしていた。女性陣二人は簡易テントの中でお休み中、フレッドは夜間偵察に出ていた。


 まもなく夜が明ける。気温は冷え込み、そこかしこの草花には朝露が宿り視界には薄くもやがかかっている。


 昼過ぎからエテュナ山脈に入り、夕方前にはすでにこの地で野営準備を終えた。オルレオとフレッドは先に休むことになり、陽が沈む前には寝てそしておそらく日付がかわるころに起こされた。


 少なくとも、モニカが持っていた懐中時計では日付が変わった時間らしい。もっともオルレオは時計の見方を知らないので見せられてもそうなのか、としか思わなかったのだが。


 未だ春の入口な季節だ。思わず身震いするほどの寒さを感じてオルレオは燃え盛る日に焚き木を足して暖をとる。


「いよっと」


 その火の向こう側に足音どころか木々や草の動く音さえさせずにフレッドがその姿を表した。


「……すごいですね、まったく気が付きませんでした」


 驚きすぎて声すら出なかったオルレオは、跳ね上がった心臓の動きを緩めるように全身から力を抜いた。


「はっはっは、まあこれくらいはね」


 どこか照れたように笑うフレッド。その右手には果物を詰め込んだかごが提げられていた。


「ん? これかい? なに、敵の位置は見つけられなかったけど早生はやなり枇杷びわを見つけてね、ひとつどうだい?」


 別に物欲しそうに見つめていたわけではなかったのだけれど、それでももらえるなら貰っておこうか、とオルレオは少しの迷いの後で首を縦に振った。


「……いただきます」


 にこやかに笑いながら手渡された枇杷の実に勢いよくかぶりつく。ほのかに酸っぱく儚げに甘い。そういえば、山での修行中にその辺でなっていた枇杷をもぎ取っておやつにしたっけとか、そういえば訓練用の木剣は枇杷の枝を削って造ったっけ、とかこうして無駄に時間があるとそんなことばかりを考えてしまう。


「いやあ、こうしてみるとただの少年なんだがねぇ」


 どこか納得のいかない様子でこぼしたフレッドの言葉で、オルレオの意識は急激に思い出の中から引き戻された。


「どういうことですか?」


 素直に疑問に思ったのでそう問いただすと、フレッドは変わらず、笑いながら。


「なに、鍛えこまれた身体もそうだけど、歩き方から位置取りなんかを見ても年に見合わないほどに熟練した腕だからね。どうしても子供っぽくは見えなくてさ」


「でも、師匠には基礎しかできてないっていわれてますよ?」


 フレッドの評に、オルレオの疑問はさらに深まるばかりだった。


「……その基礎が出来てる・・・・・・・ってことがすごいのさ」


 フレッドがどこか寂し気に笑うのを、オルレオはよくわからないままで見つめた。


「そんなもんですか?」


「そんなもんだね」


 オルレオの問いかけに、フレッドがいつものカラカラとした笑みで応える。


「おっ!」


 笑いながらフレッドが指さした。オルレオもその方へとゆっくりと顔を向ける。


 漆黒の空と木々で覆いつくされた視界。その丁度境目、空がゆっくりと紫色を帯びている。日の出前のわずかな時間に見られる紫紺しこんの空が帯の様に東の空に横たわっている。


「すっご……」


 オルレオが小さくもらしたため息交じりの感動。


「もうちょいしたら空全体がこの色になって、その後から太陽が顔を出す……そうしたら」


「仕事の時間ってわけだ!」


 簡易テントから抜け出したモニカが朝の陽光以上にぎらぎらとした目で景気よく声を挙げた。


「寝起きだってのにすっごいね、キミ!」


 フレッドがいつもより陽気に笑う。


「そんなに気焔きえんをあげなくとも、直に仕事は始まりますよ……っふぁ」


 ニーナが簡易テントから出てきて伸びをしながらあくびを漏らした。


 本人は慌てて口元を隠して恥ずかし気にうつむいてしまったが、モニカとフレッドはたまたま見えていなかったのか大層不思議そうにお互いの顔を見合わせていた。


 一方、ばっちりと目撃してしまったオルレオはサッとニーナから視線を逸らした……のだが、ニーナもオルレオに見られたのは理解しているのか何とも言い難い視線を向けていた。


「? まあいいや、とっとと片付けて朝飯にしよーぜ」


「だね、ちゃっちゃといこうか」


 モニカが空気を読まずにテントの解体をニーナを巻き込んではじめ、オルレオとフレッドは野営陣地の周りに張り巡らせていた鳴子や罠を外していく。


 そうして撤収準備を終えて、朝食を摂ったあと、ほんの少しの休息をとったところで。


「きた!一本目の狼煙だ」


 襲撃成功を知らせる狼煙が一本、また一本と夜空にたなびきはじめる。そして、最後の一本が朱い朝焼けの中に昇ったところで。


「行くか!」


 モニカの号令を受けて、四人が動き始めた。

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