第70話 職人としての覚悟

 未だ傷一つ付いていない真っ新まっさらな大盾を片手に、オルレオは外へと案内するイオネの後を物静かに歩いていく。


 何も喋らないのは何も思っていない、ということではない。表層とは裏腹に心の内は大嵐が来たように幾つもの感情が渡来しては打ち砕けて様々な思考に細分されて揺蕩たゆたっている。


 意外と軽い。持ち手部分がやけに馴染んでいる気がする。表面の塗装が綺麗だ。重心がほぼほぼ盾の中心に位置してる。前の大盾はどうなった?縁がやけに鋭利な気が……。厚さは前よりも上か?長さはほぼほぼ変わらないけど……


 頭の中では常に騒がしくいろんな思いや感情が溢れそうになっているオルレオだったが、外から見れば無言で黙々とただ歩きながら、時折感触を確かめるように盾を軽く動かすだけで他に何も反応を示さず、上の空で視線もボーっとしているようにしか見えない。


 不気味なその反応に、イオネは少しだけおびえ始めていた。


 チラチラと後ろを振り返りながらオルレオの様子を盗み見ているのだが、最初に見せた嬉し気な様子はどこに消えてしまったのか、と今すぐ問いただしてしまいたいくらいの薄い反応。


 そんなものを見せられてしまったら、心にさざ波が立つように不安が押し寄せてきたのだ。


『親方が造ったものだもん、絶対大丈夫』


 そう自信を持っているのだが、心のどこか、隅の方から。


『本当に?』


『親方一人だけなら大丈夫かもしれないけど、私も手伝ったんだよ?』


『私が、親方の足を引っ張ってるんじゃない?』


『私が、あの盾を台無しにしたんじゃないの?』


 意地の悪い自分の声が、耳の底から響くようにして聞こえてくるような錯覚にイオネは囚われていた。


 そんなことはないはずだ、と確認するように後ろを盗み見るもそこにいたのはうつろな目でただ歩いているだけの自分と年の近い少年がいるだけだ。


 新しい盾を手にしただなんて思えないほどの無表情さがイオネを冷たくさせる。


 気が付いた時には、もう工房の出口までたどり着いてしまっていた。


『外に出て、盾を振るったらがっかりされちゃうかもよ?』


 悪意に満ちた心の声に、扉を開ける手が止まりそうになる。


「おう!! もう来てたのか!!!」


 そんな心の声をあっという間に吹き飛ばしてしまいそうなほど豪快な声が、工房のロビーに轟いた。声の主は、工房の主。親方であるカイン・バルガスがそこにいた。


「どうだ!? 新しい盾の感じはよ!!」


 イオネが尻込みして聞けなかったことを、真正面から叩きつけていくカインに『よくぞ聞いてくれました!』と喝采を挙げたい自分と『なんてことを聞いてくれたんだ!』と非難したい自分がいるのを自覚しながら、イオネはそっと、オルレオの反応を待った。


「まだ持ってみただけでもすっごくイイです!!」


 にっこりとした人好きのする笑顔で元気よく言われたその言葉に、イオネの心の隅でぐちぐちと言っていた嫌な自分は裸足で駆け出すようにしていなくなってしまった。


「今から外で試しか?」


 腕を組んで満足そうに頷いたカインが扉の向こうを見通すように聞けば、オルレオが楽し気に首を縦に振った。


「ならちょうどいい。弟子ともども見学させてもらうぜ!!」


 カインの視線がスッとイオネを捉える。


「ボッとしてんな! とっとと扉を開けやがれ!!」


「は、はいいいいい!!」


 ついさっきはあれほど外に出たくなかったというのに、気が付いたときには駆け出すようにして外へと飛び出していた。


 次いでオルレオが、最後にカインが外に出てきた。


 オルレオは扉から少し離れたところまでゆったりと歩いて行ったかと思えば、スッと腰を屈めて両手で盾を構えた。


「目ぇ離すなよ」


 いつの間にか、隣に来ていたカインがイオネに注意をする。


 オルレオは盾を構えたまま動かない。それも微動だにしない。まるで盾が身体の一部になったかのように揺れることも震えることもなかった。


 盾を構えるというのは地味にキツイことだというのはイオネでも知っている。思い金属の板を円形の持ち手を握って同じ位置を保っているのはそれだけで拷問のようなキツさだ。実際にやってみたことがあるからこそ、イオネは身に染みて理解していた。


 途端、オルレオが動いた。


 盾をカチ上げるように掬い上げたかと思えば、吹き飛ばすように身体ごと叩きつけにいき、周囲をけん制するように振り回す。

 かと思えば、瞬時に引き戻して構えなおし今度は身を隠し、身体ごと引くようにして受け流すように盾を動かし、相手に出来た隙へと盾の縁を叩き込むように打ち出す。


 一連の動作には淀みもなければひずみもない。流れるようにしてすべての行動が攻撃、防御、反撃、回避と繋がっていくのが、戦いを知らないイオネにも想像できるように紡がれていく。


「どうよ?」


 カインの言葉は、遠くで盾を振るっているオルレオではなく、隣にいるイオネに投げかけられていた。


「すごいです……想像していたよりずっと……」


 この間、オルレオとちょっとした冒険に出たがそのときはあんまりじっくりと見ることは出来なかった。全くの無傷で・・・・・・戦いきったのだから強いのだろうとは思っていたが、これはちょっと想定以上だ。


「そうじゃねえ」


 イオネの感想に、呆れたようにカインは頭をかいた。


「今後は、オマエがあいつの防具を造ってくんだ」


 その言葉に、イオネはハッとした顔でカインを見上げた。


「……出来るのか?」


 いつもよりもさらに厳しい顔と声でカインが問いかける。


「やってみせます!」


 その問いに、イオネはハッキリと返事をした。


 ふっ、とカインが小さく息をもらすと、それ以上は何も言わずにオルレオへと視線を戻した。


 イオネもそれに倣ってオルレオを見つめる。今度は観客としてではなく、鍛冶師としてオルレオの一挙手一投足を見逃すまいと真剣なまなざしだ。

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