第69話 新しい大盾
のんびりと口の中にまとわりつく油を酸味が強い果汁で流し込みつつ、オルレオは広場のベンチから街の様子を眺めていた。
ここ最近で出来たもう一つの趣味だ。
物心がついたころからつい最近まで、オルレオは生きてきたほとんどの時間を師と二人、修行に明け暮れながら暮らしていた。もちろん、月に一度は獣の革や薪、山菜を売って買い出しをするために山から降りてレガーノの街を訪れることはあった。
が、こうして街の人々の暮らしをまじまじと見たことなど全くなかった。
真昼のレガーノには人々が働きに出る前の朝方や帰ってくる夕方に比べて人は少ないがそれでも活気に満ちている。その活気と同じだけ、いろいろな人がいる。
エルフの剣士が鼻歌交じりで軽快に歩いていけば、獣人が足早に門を目指して走り、その後をホビット二人が談笑しながら追っていく。視線をずらしてみればドワーフが昼間っから酒を飲んでいたのだろう赤ら顔で陽気に笑って、それをヒューマが羨ましそうに眺めていた。
山にはない喧騒と人の営みをこうして眺めている時間がなんとなくオルレオは気に入っていた。
それと同時に、ふとした疑問がオルレオの中に生まれていた。
『なんで師匠は街中で暮らさずに山に籠ってるんだろう?』
街での暮らしに魅力を感じれば感じるほどにその疑問は次第に影を深くし、オルレオの思考の隅でこびりつくようになった。
あの師のことだ。どうせ正面から聞いたところで適当に
そんなオルレオの考えを弾き飛ばすように大きく7つ、荘厳な音が響き渡った。7つ鐘、午後の仕事始めを告げる音だ。
といっても、この鐘がなったから仕事が始まるというわけではない。この音をきっかけに休憩していた人々が仕事場に戻り始めるのだ。同時に、休み時間中の人々を相手に商売していた人たちが反対に店を閉め始める。
のろのろと職場に戻り始める人々の群れを見て、オルレオは勢いよく立ち上がった。
「ま、考えたところでしょうがないか」
そうしてオルレオは疑問を心の奥底に放り投げて仕舞い込み、動き出した人々に紛れるようにして目的地まで歩き始めた。
目的地の“
工房の入口を開けるとそこは受付になっており、ここでは自分の武器の調整やオーダーメイドなどの依頼ができるそうだ。ちなみに数打ちの購入はここでは出来ない。どうやらオーダーメイド品以外は“鍛冶ギルド”に卸して商店に並べられるのが決まりらしい。
オルレオの新しい盾もオーダーメイド品ということになる。受付にいた少年に声をかけて自分の名前と要件を告げると、すぐさま黒板に何かを書き記してしばし待つように言って奥へと引っ込んでいった。
しばらくもしないうちにドタバタと大きな足音を立てて工房の奥から駆けてくる音が響き渡る。
ところどころで罵声を浴びせられ、それをテキトーに謝罪しながら足音は一気に近づいてくる。
足音の主を察したオルレオが待合の椅子に座らずに立って待っていたところで、奥の扉が豪快に開け放たれた。
「オルレオ君!!」
息を切らしながらやってきたのは、やはりイオネだ。
「待ってたよ!! 来て! とりあえず来て!!」
言うな否や、イオネはオルレオの手を取って奥へと引っ張り込んでいく。今度は走り出したりはしないものオルレオの手をがっしりと痛いくらいに握りしめながら大股でどかどかと歩き始めていく。
通常、客を招くような場所ではないのだろう。廊下の端々に原料の在庫が積み上げられた狭い通路をすり抜けるように歩いて行った先の扉。その向こうにオルレオはあっという間に連れ込まれてしまった。
そこは、作業場なのだろう。鍛冶で使う炉こそないが、室内は棚に囲まれていてそこには様々な道具や材料が所狭しと整頓されていて、部屋の中央には大きな作業台がある。
その上に、オルレオの視線は吸い込まれていった。
大盾だ。
以前のような長方形の形ではなく、細長い六角形で表面には翼竜の鱗が重ね合わせた見るからに堅牢な造りで縁の部分は金属で縁取りがされていて容易に欠けることはなさそうだ。
「どう!? すごいでしょ!!?」
自信ありげに声を掛けてきたイオネに、オルレオはわずかに頷いて。
「も、持ってみていい?」
「いいよ! なんたってその盾は、オルレオ君のなんだから!」
その言葉を聞き終わる前に、オルレオは既に盾を手にしていた。イオネがその様子を微笑ましく見ている前で、オルレオは盾を構えて、確かめるようにふりまわそうとして……
「待った待った!! ここで振り回されたら部屋が滅茶苦茶になっちゃう!」
イオネの悲鳴のような言葉でギリギリ止まった。
「どこか試せるようなところ、ある?」
それでも早く試したいのか、うずうずした様子でオルレオが声を掛ける。
「それなら表に行こう! 周りとは距離があるからちょっと振り回す分には全然大丈夫だから!」
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