第71話 新装備

 それはさながら舞いの様であった。緩急のついた動きを繰り返すも淀みなく留まることなく流れるように生き物のように盾が操られていく。


 それはさながら一匹の生き物の様であった。操られているはずの盾が、意志を持つかのように縦横無尽に動きまわるさまはまるで暴れ馬を乗りこなしているようにすら感じられた。


 はじめ、イオネはオルレオの動きを目を皿のようにしてすべてを見逃すまいと気を張って見ていた。が、次第に惹きこまれるように夢中で追いかけていた。


 その横顔を見て、カインは何事かを言おうと開きかけた口を閉じて視線をオルレオへと戻した。その目つきは厳しいものだったが、口元だけは緩く弧を描いていた。



「ふぅ~……」


 盾を脇に構え、今までとは違う肺の底まで空っぽにするように大きく息を吐いたオルレオは、少しうつ向きがちに息を吸い込むと。


「ありがとうございます!!カインさん!!」


 満面の笑みでそう叫んだ。


「おう!気に入ったか!?」


「ええ!もう、さいっこうです!!」


 あれほど動き回ったばかりだというのに疲れを感じさせない足取りでオルレオがカインとイオネの方へと駆けよってくる。


「でも、盾の持ち手がちょっと重心に近すぎて振り回すときに勢いを乗せる場所が掴みづらいかもしれないです」


 盾を前に持ち上げながら主張するオルレオ。それを真正面から受け止めたカインは頷きを一つしたかと思えば、クイっとばかり顎で横を示した。


 オルレオの視線が顎の動きにつられるようにして、イオネの目とぶつかる。


「だってよ。確認して調整してこい」


 一瞬、静寂が満ちて。


「うえええええええ!?」


 切り裂くように、乙女らしくない悲鳴が響いた。

 

「どしたぃ?素っ頓狂な声を出しやがって?」


 耳を塞ぎながら鋭い目で睨みつけるカイン。その視線を一心に受けながらもイオネは先ほど耳にした言葉を疑っていた。


「だ、だって私ですよ!?私が親方の作品に手を加えるだなんて!?」


「ハナっから、お前がオルレオの装備を担当するって話だったろうが!ボケっとしてねぇで、とっとと道具取って来い!!」


「え? あ……え!? はい、取ってきます!!?」


 言って、イオネは駆け出した。身に沁みついた習性だろうか、きびきびとした動きで工房の中へと吸い込まれようとしていく。


「おう!! それと、アレも合格だから持ってきとけ!!」


 訳のわからぬままに走りだし、屋内に消えようかというイオネの背中に向かって、カインがさらに大きな声で追い打ちをかける。その声が聞こえていたのかいないのか、扉は閉まり返事は聞こえなかった。


「ったく……」


 不満げな言葉を口にしつつも、カインの目元は暖かかった。


「アレって?」


 両の目蓋をピクリと挙げながら、カインが笑みを造った。


「ま、楽しみにしときな……ところで、オルレオよぅ」


 はぁ、とオルレオがよくわかっていない気の抜けた返事をしたところで、カインはジッとオルレオの目を見つめながら真剣な声色で問いかけてきた。


「お前さんの戦い方ってぇのは一体どんなもんなんだ?」


 その質問に、オルレオは答えることが出来ずに首をひねった。


「どんなもんって、普通に剣と盾を持って戦ってます」


 よくよく考えて絞り出しただろうオルレオの答えに、カインは天を仰いだ。果たしてどう説明したらいいんだろうか、としばし考えてからわかりやすいように言葉を紡いでいく。


「あ~……つまり、だ。主に剣と盾を持って戦うんだろ?お前さんは」


 こくん、とオルレオが首肯するのを見て、カインは次の言葉を継いだ。


「いいか、剣と盾を持つヤツらの戦い方ってのは大雑把に4つに分けられてる。一つ目は片手剣士ソードマン、盾は補助程度で敵に突っ込んで切り込むってぇ戦い方だ。んで二つ目は重装盾シールドマン、こっちは盾が主力装備で敵の攻撃を防ぎながら戦う。剣じゃなくて槍を持つことも多いって話だが、そこは個人の趣味だな」


 カインは、説明しながらオルレオの様子を見ているが、目を真ん丸にしていかにも興味津々といった感じだ。


(本気で知らんのか……?)


 ふむふむ、とオルレオが興味深げに頷くのを見て、カインは少しだけ不安を感じながら説明を続ける。


「んで、残り二つはパーティを組んでいることが前提の戦法だ。一つは軽装盾ダッジ、こっちは敵の攻撃を回避しながら隙を見て攻撃、かく乱を主にした戦法だ。もう一つが遊撃剣士アシスタント、何でも屋だな。こっちは状況に応じて役割を変えながら戦うやり方だ。……師匠に教わらんかったのか?」


「いえ、まったく」


 あっけらかんと首を横に振りながら答えるオルレオ。


「そうか……傭兵だの冒険者だのが弟子取るときには大抵教えとるもんなんだが……」


「いやぁ、あの人が昔なにしてたかとか、むしろ今何してんのかも良くわからない人ですから」


 心底不思議そうにカインが漏らすが、オルレオは満面の笑みで言い切った。


「お……おう……いや、それはそれでどうなんだ?」


 あまりにもあけっぴろげに言われたからそういうもんか、と納得しかけたがイヤやっぱりおかしなものはおかしいとカインは踏みとどまった。が、結局オルレオの師がどんな人物なのかについてはより困惑が広がるだけとなった。


「い、いや、それでお前さんは……」


 思考の迷路に迷い込む前に色々と考え始めたことを切り捨ててオルレオに改めて問いかけようとしたところで。


「わかりません!!」


 勢いよく、食い気味に返事が飛んできた。


「僕はまだまだ修行中の身なので自分の戦い方も何もかも、これから創っていくところなので」


 そう言って笑う少年の目には、自信と希望とやる気が輝いていた。


(これが若さってやつなのかね……)


 カインは自嘲じみたことを考えながら、知らずのうちにほほが緩むのを感じていた。そこに。


「お待たせしました~!!!」


 息を切らせながら自分の弟子であるイオネが駆け戻ってきた。


 両腕にいっぱいの工具とひとまとめにされた装具を抱えて、その目は期待と緊張でいっぱいに見開かれていた。


「こっちもかぃ……」


 小さく漏れた呟きは、若者二人には聞こえなかったようだ。


「イオネ、まずはオルレオにその装具を渡してやれ、調整はそれからだ!」


「はい!!」


 元気よく返事をしたイオネは両手に抱えていたものを一旦地面に下ろすと、オルレオの下へと駆けよっていく。


「あっ! もしかしてそれって!?」


 イオネの手の中にあるものに気が付いたのか、オルレオが声を挙げる。それにイオネが照れ臭そうに笑みを浮かべて答えて差し出す。


 オルレオが早速手渡されたソレを身に着けようとするのを横からイオネが手伝いつつ、新しい装具が次第にその形をあらわにしていく。


 オルレオの右腕に装着されたそれは金属製の腕甲だった。肩から手の先までをしっかりと覆うデザインで、関節部には動きを阻害しないように翼竜の甲殻を使って強度を上げていた。


「おお……」


 感動したように自分の右腕を持ち上げてキラキラとした目で見つめていた。その横でイオネは少しだけ緊張した面持ちだ。


「ど……どうかな?」


 遠慮がちにかけられた声にオルレオは指先から少しずつ、肘、肩の順に可動域を確かめるようにゆっくりと曲げていき、次第に速度を上げながら思うままに動かしていく。


「うん! バッチリ!!」


 そして告げられた評価に、イオネはまるで飛び上がらんばかりに身を震わせた。


「イイィヤッタァアアァ!!!」


 両拳を天に突き出して喜ぶイオネ。


「馬鹿野郎!! 初めての作品褒められて喜んでる暇があるか!! とっとと盾の調整に取り掛からねぇか!!! 日が暮れちまうぞ!!」


 ピシャリと言い放ったカインの言葉に、イオネはまたも背筋を飛び上がらんばかりに伸ばして反応した。


 そうして、オルレオが盾を振るい、イオネが調整を加えることを繰り返していき……結局、満足いく仕上がりとなったのはまもなく陽が沈む頃のことだった。

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