第59話 タティウス坑道5
「うわ、最悪……
心底イヤな相手を見つけてしまった、という内心を露わにするよう、イオネは身を坑道の端に寄せて引き気味にそう呟いた。
「知ってるのか?」
オルレオもランタンの灯りをすぐに消して身を壁際に寄せていた。緩やかな傾斜の一本道で上から見下ろすような形でぽっかりと広がった採掘場を注意深く観察しながらいつでも動けるように準備をする。
「うん、ブレスクスって言うワニ型の魔獣だよ。地面をあのデッカイ顎と堅い爪で砕きながら移動して、地中から獲物を食べちゃうんだ」
「じゃあ、そんな奴がなんで岩壁を食い漁ってんだ?」
「さあ?」
オルレオの疑問に、イオネは困惑した声を上げた。
「多分、地霊硝を食べてるんじゃないの?」
二人が振り返った先で、エリーがジッと鋭い目つきでブレスクスの口元を見つめていた。
「なんか、あいつがかじってる壁の部分ってたま~にだけど、キラッと何かが光ってるのよ。だからきっと、あいつは地霊硝を食べて魔力を吸収してるんだわ……」
「ってことは、あいつを真っ先にたおさないといけないわけだ」
オルレオが右手で剣を引き抜いた。幸い、敵がいる採掘場は作業をしやすくするためだろうか、他とは違って天井を高く造ってある。剣を振り回すのにそこまで不便ではなさそうだ。
「……気を付けてね、オルレオ君。ブレスクスの鱗と革は
その一言に、剣を握る手にグッと力が入った。
「わかった……。二人はどうする?なんなら、安全なところまで退避……」
「戦うわ」
静かに、力強く。エリーはまっすぐに戦場となる採掘場を見据えて言った。
「オルレオ君の背中を護る人も必要でしょ?」
ブンッと力強い風切り音をさせながらイオネが鎚を振るう。
「……うん!!」
最後に力強くオルレオが頷いて、前を見据えた。その顔にはどう猛な笑みが張り付いている。
「行こう!!」
言うやいなや、オルレオは矢が放たれたようにまっすぐ駆け出した。爆発的なスタートを下り坂で加速して、一気にオルレオは距離を詰めていく。
敵集団もそれに気が付いたのだろう。4体のゴーレムが横一列の壁になり一糸乱れぬ行軍で入口を塞ぎにかかる。
「どけぇぇぇえええええ!!」
雄たけびを挙げ気力を振り絞りながら、オルレオは左の
二体のゴーレムが堪えきれずに身体を浮かせて転んだところで、オルレオはその下を潜り抜けるように地面を一回転。すぐさま体勢を立て直して先ほどまでブレスクスがいた場所を見据えた。
しかし、そこにはすでに敵の姿はなく。代わりにぽっかりと空いた大穴だけが残っていた。
「くっそ!!」
とっさにオルレオは自分の全神経を足裏に集中させる。かすかな地面の振動が足裏に伝わってくるのを感じたオルレオはその感覚を逃がさぬように意識をそこに持っていった。
一見して隙だらけのその姿を見たゴーレムたちは好機と見たのか、迫りくる二人を無視してオルレオの方へと姿勢を向けた。
ゴーレムたちが先ほどと同じように一斉に足を動かそうとしたまさにその時。
「あーたーれーぇえ!!」
一投入魂、気合を込めた叫びととともにエリーは手に持っていた小さな珠―氷霜珠と呼ばれる冷気を封じ込めた錬金術の道具を放り投げた。
見事なコントロールで投擲された氷霜珠はパキリ、と砕ける音を人形の足元で響かせた。
「やった!!」
一体の人形が足下から凍り付き、動かなくなったのを見てエリーは歓喜の声を上げた。しかし、喜んだのは一瞬、すぐに気持ちを切り替えて残った三体の足元にも同じように氷霜珠を投げ込んだ。
振り向き、エリーを止めようとした者も中にはいたが、時すでに遅し。土くれ人形たちは順に凍り付かされて誰一人として足を動かすことが出来なくなった。物言わぬ人形たちは声も出さず、表情もないというのにどこか忌々し気に凍り付いた足を動かそうともがいている。
その無防備な背中を鉄槌が捉える。
腹の底に響くような重低音を轟かせながら、鉄槌はゴーレムの胴体を吹き飛ばした。先ほどオルレオが二体のゴーレムとかち合った時よりもはるかに大きな音量だった。
「まずは一体」
ふう、と一息つきながらイオネが鎚を肩に担ぎなおした。それを見たゴーレムたちが先ほど以上に必死さを感じさせるように動き始めたのだが、なぜだろうか氷は淡く輝き、足元だけでなく腰にまでたどり着こうとしていた。
「錬金術師ってね道具の威力を強化させたりもできるのよ」
杖を構えたエリーがイオネを見て笑った。杖の先端から漏れ出る光は氷と連動しながら徐々に徐々に凍てつかせる範囲を広げていく。
「エリー!ナイスアシスト!!」
上機嫌な一言共に、イオネは二体目のゴーレムを砕いた。さきほどよりも腰の入った良い一撃は、ゴーレムの胴体を穿つだけでなく、凍り付いた下半身まで粉々にしてしまった。
そんな戦場の喧騒を他所にして、オルレオは次第に近づいてきている足元の振動に集中していた。
かすかな揺れから相手がどこにいるのかについての予想は出来ない。だが、敵が近づいているのか遠ざかっているのかくらいはその強弱で判断がつく。だからオルレオは足元の揺れの大きさを慎重に慎重に判断を重ねながら……不意に後方へと一挙に飛び出した。
同時、オルレオがいた場所の地面は音を立てて陥没し、そこから長い顎が大口を開けて突き出された。
そこへすかさず、オルレオは一挙に駆け出して突きを打ち込む。狙いは堅い外殻ではなく、柔らかいはずの口内だ。
が、わずかに遅かった。ブレスクスはものすごい力で顎を閉じて鼻先のぶ厚い鱗部分でオルレオの突きを受け止めた。
オルレオが追撃に盾をぶち込もうとしたところで、ブレスクスは自分の長い顎を振り回して牽制する。その一撃をオルレオが盾で受ける。すると敵は顎を器用に開いて口の端で盾に嚙り付こうとしてきた。
「こっんの!!」
咄嗟にオルレオは盾を引いて距離を開いた。
その隙に、ブレスクスは悠々とそのデカい体を土の中から引きずり出した。
オルレオの三倍はあるだろうかという全長、腰くらいの高さまである体の幅、そしてなにより、顎を開けば盾を飲み込めそうなほどの口。そしてその体の表面を見るからに分厚い鱗が覆っている。
「さて、どうしようか……」
盾を構えてどっしりと相手を見据えながらオルレオは考える。
相手も同じことを考えているのだろうか、ブレスクスもまたオルレオを見据えて動かない。
緊迫した空気が一人と一体の間に立ち込める。
そこに、鉄槌が空気を引き裂いた後、土くれを砕く音が響いた。同時、オルレオとブレスクスはその戦いを再開させるべく、互いに距離を詰めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます