第58話 タティウス坑道4

 坑道は緩やかな傾斜でゆっくりとオルレオ達を地下へと誘っていく。坑道のあちらこちらには魔道具で生み出された淡い明りで照らされてはいるが、どこか心もとなく、先頭を歩くオルレオは早々にランタンを取り出していた。


「しっかし、段々暑くなってきたな……」


 オルレオが手で汗をぬぐいながらこぼす。


 坑道に入ったばかりの頃はひんやりとして涼しかったものだが、奥に奥にと進んでいくうちに空気はどんよりと重たく、そして言いようのない不快な熱が漂っているように感じられた。


「まあ、天然の洞窟と違って人間が掘った坑道は風の通り抜けがないからね。どうしても熱がこもりがちになるし、空気も悪くなるんだよ」

 

 イオネがオルレオの後ろからそう声を掛けてきたが、いつもの元気の良さは鳴りを潜めてどこか疲れたような印象を受ける。


「……ねえ、イオネ? 目的の鉱床まではどのくらいありそうなの?」


 最後尾からエリーがどこか不安そうに問いかけてくる。


 その声に、イオネが地図を広げる音があたりに響きはじめ、自然、オルレオとエリーはイオネの下に集まった。


 オルレオはランタンを高い位置に掲げて地図を見やすいように照らし出し、イオネは少しだけ、手元を低い位置に持って行ってエリーが見えるように気遣った。


「ありがと」


 小さなお礼の声が響いたところで、イオネの指がスッと地図をなぞっていく。地図には一本の道とその先に大きく広がった空間が描かれていて、細い指はその半分ほどでピタリと止まった。


「多分、今は半分を過ぎたところぐらいだと思うの。壁の色が茶褐色からやや白みを帯びた色に変わってきているから、タティウス断崖の根元を越えてるはずだから」


「え!? タティウス断崖って、地下に埋まってる部分もあるのか?」


 オルレオが驚いたように言えば、イオネが笑みを浮かべて少しだけ元気を取り戻したように。


「そうだよ! さすがにあれだけ大きかったら重みで地面にめり込んでいっちゃうみたい!」


 ほ~、と感心したように声を漏らすオルレオを見ながら、イオネはまた満足そうに笑ってエリーへと視線を移した。


 エリーはというと、地図を見ながら何やら指折り数えている。


「うん、これなら十分に足りるかな?」


「足りるって、何が?」


 呟きながら自分のポシェットに手を入れたエリーを不思議そうな目でイオネは見つめていた。


 エリーが取り出したのは何枚もの羽を重ね合わせて作られた風車かざぐるまだ。エリーはゆっくりと手で風車を回し始めると、次第に自分勝手に羽根が回り始めてやがて付近一帯に立ち込めていた暑くて重苦しい空気を吹き飛ばしていく。


「おお!」


「はあ~、生き返る~」


 喜びの声を上げる二人を見て、エリーは胸を張って。


「これは“気風きふう風車かざぐるま”って言って新鮮な空気を生み出してくれる道具。坑道の中に入るなら必要になるだろう、て思って持ってきておいたの」


「そんな便利なものがあるなら早く使ってくれればよかったのに~」


 エリーが説明したのを聞いて、イオネがむくれながら抗議の声を上げた。オルレオもそれに追従するように何度も首を縦に振っていた。


「しょうがないじゃない! わたしだって最初っから使えるもんなら使いたかったけど、時間制限付きなんだから! “風霊羽ふうれいばね”っていう精霊の落とし物からできててその魔力が尽きたらお終いなんだから!」


 指を立てて怒ったように説明しているエリーだが、その顔はどこか朗らかな笑みが浮かんでいた。エリー自身もあのまとわりつくような不快感から抜け出せたことがよほどうれしかったのだろう。


「ってことは、ここからは少し急いだほうがいいのか…… それってどれくらい持つの?」


「そんなに長くは持たないわよ……せいぜい、鐘一つ分(※大体2時間)持てばいいくらいじゃないかしら? 後1本しかないから、採掘に時間がかかったり、何かトラブルがあれば帰りが苦しくなるでしょうね、ただでさえ登り道なのにあの暑苦しさなんだから……」


 三人の間に嫌な空気が流れる。

 その空気を吹き飛ばすかのように、よし、とオルレオは一つ頷いた。


「なら、せめて残った下りは急いでいこう!遅れそうになったらすぐに声をかけてくれ」


 コクリ、と二人が力強く頷いた。


 先ほどまでよりも間隔を詰めて三人は歩き始めた。誰かが足下をひっかけて転んだりしたらまとめてコケてしまったり、最悪だれかが下敷きになって怪我してしまうことも考えられたが、安全と引き換えにしてでも少しでもきれいな空気に近づいていたいというのが正直なところだった。


 実際、三人のペースはさっきまでよりも格段に上がっているというのに、疲れ具合については風車を回し始めるよりもグッと楽になったように感じられるのだ。


 三人は、少しでも時間を消費しないようにと下り坂を半ば駆けるようにして下っていった。


「壁の色がまた変わったから、あとちょっとだと思う!」


 イオネの声にオルレオとエリーの脚にさらに力が加わる。


 その時、不意にではあるが、足下が揺れたのを誰もが感じた。グラっと地面そのものが揺れたわけではない、どちらかというとガラっと遠くで何かが崩れ落ち、その振動が伝わってきた、という感じだった。


「まさか……落盤!?」


 エリーがおびえたように声を上げれば。


「いや、それならもっと地響きがしていいはずだよ!」


イオネがそれはないと首を振って否定する。


「……奥からだ」


 いずれにしても何らかの異常は発生している。そのみなもとが奥にあると察知したオルレオは二人へと視線を向けた。


 エリーもイオネも、それぞれの武器を握りしめて身を護るように身体の前面に構えた。そうして、オルレオの方をじっと見つめ返した。


 三人が同時に頷いた。


 慎重な足取りで奥へと進み始めると、すぐに三人の耳に音が響いてきた。何かを砕くようなすり潰すようなそんな音だ。


 オルレオはすでに、背に負った凧盾カイトシールドを前面に構えた。


 やがて、通路の幅が徐々に徐々に広くなっていき、その先に……薄明かりに照らされた空間が見えてきた。


 その中にいたのは、4体の土くれ人形ゴーレムと……


「フシュルルルゥゥゥ」


 岩壁を食い漁る巨大なトカゲの化け物だった。

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