第60話 タティウス坑道6

 戦いにおいて、予測というのは攻撃においても防御においても重要な役割を果たすことになる。特にそれは、相手に先手を打たせてから逆撃に移るタイプにとっては欠かすことのできない武器ともいえるものだ。


 この予測は、大きく分けて4つからなる。


 すなわち知識・経験・観察力、そして最後が、勘だ。


 初めて戦う相手を前にしたときには、事前に収集した敵の情報を基に、似た相手と勝負した経験、そして相手を観察しながら動きを総合して選択肢を用意して、最後は勘でその中から予測されうる手段を考える。


 が、オルレオには知識と経験が足りず、初見の相手には観察力と勘だけで勝負しなければならなかった。


 それは、決して勝率の高い勝負ではなかった。


 ブレスクスの動き出しに合わせて距離を詰めにかかったオルレオ。彼の予想では、敵の攻撃は前肢から繰り出される爪撃か、もしくは強力なアギトによる噛みつきか、横なぎの一撃の3つだった。


 だが、そんなありきたりな想像はいともたやすく破られる。


 もうじき、岩喰らい鰐ブレスクスと接敵するとなったその時、オルレオは盾を少しだけ持ち上げた。鰐が動きを見せた時の動き出しを素早くするためだ。


 それをみたブレスクスは、瞬時に行動を切り替えた。


 すなわち、急制動からの横旋回。狙いは尻尾による死角からの打撃だ。


 岩を掘り砕く両前脚を地面にめり込むほどに喰いこませてブレーキをかけつつ、突撃の勢いを殺さないように後ろ肢を地面から放り出して体幹の力だけで横に180度回転をかける。


 その咄嗟の動きにオルレオは対応が遅れた。左で盾を構えているため、オルレオの左下部分には盾で見えない死角が出来ていた。


 左前脚くらいなら見えるのだが、振り回された尻尾の軌道は出だしと根元部分が見えているもその先端が途中で隠れてしまう。


 『マズい!!』と直感が警鐘を鳴らした瞬間、オルレオは地に着いた足から力を抜いた。代わりに両手と肩、腰に力を溜めて衝突インパクトの瞬間に備えて……


 あっという間もなくオルレオの身体は宙を吹っ飛んだ。


「ッガ!!」


「おわ!?」


 ガシャン!!!


 という大きな音を立てながら、オルレオは背中から何かにぶつかって壊してからそのまま背中から地面に激突した。


 すぐ目の前には鎚を横振りに構えたイオネの姿があった。


 周囲には、4体分のゴーレムの残骸。


 エリーとイオネが3体のゴーレムを打ち倒して、最後の1体!と気合を入れていたところで、オルレオが背中から突っ込んできて仕上げを奪ったのだ。


 しかし、そんなことを考えられるほどにオルレオの頭には余裕が残っていなかった。


「ブレスクスは!?」


 声を上げながらはね起きたところで、その姿はどこにも見えない。


「クソ! また地面に潜ったのか!?」


 悪態を吐いたところで敵が現れるわけはない。オルレオは心底悔しそうな表情で地面を睨みつけながら足下に気配を集中させた。


(ここで素直に俺を狙ってきてくれるならいいけど……イオネやエリーを狙われたら? 逃げられたら?)


 嫌な考えばかりがオルレオの胸にじわじわと広がる。


 それとは裏腹に、オルレオの足裏には何の微動も伝わってはこない。


(ああもう!! 息を潜めているのか? それとも……逃げたのか?)


 焦れたオルレオの思考が乱れ始めて、せめて敵の動きを知りたいっと先ほどまでいたところに歩き出そうとしたところで。


 ガンッ!!


 と強い何かが地面にぶつかる振動を捉えて、オルレオはハッと目を見開いた。


「イオネ!! ソレをおもいっっきりぶっ叩いちゃって!!」


 イオネの足元には二股の鉄杭が地面に突き刺さっていた。


「任された!!」


 横から縦に担ぎなおした鉄槌が風を押しつぶしながら鉄杭の頭を捉えた。


 瞬間、


  ガッッッッッ!!キイイイィィィイインンンン……


と耳をつんざくような不快感で満たされた音が空間を奔り、思わずオルレオは顔をしかめながら耳を塞いだ。


 音の爆心地にいたイオネはものすごい音量で頭を揺さぶられたのだろう、悶絶したような表情で白目をむきかけていた。


「ゴメン!イオネ!」


 言いつつ、ちゃっかりと耳栓をしていたエリーがすかさずイオネに駆けよって気付け薬をあけっぴろげになっていた口に流し込んでいた。


「っげほ、げほ……エリー、ああなるってんなら事前に教えといてよ……」


 恨めし気な目でエリーを見つめるイオネに、平身低頭で謝り倒しているエリー。


 その様子を見ながら、何が起きたのか、何のためにやったのか、ブレスクスは……とかごちゃごちゃと考えていたオルレオは今度は驚いたように地面に目を向けた。


 自分の真下ではなく、少し先、丁度今の位置とオルレオが吹き飛ばされ始めた位置の真ん中ぐらいの地面が崩れた、と思ったその時、特徴的な顎が突き出てきた。


 ブレスクスは地面の中で相当揺さぶられたのだろう。ふらふらとその長い顎を振り回し、おぼつかない前脚で踏ん張って身体を地面から引っ張り出そうとして失敗していた。


「今よ!!」


 その声はエリーのものだった。イオネの追求から逃れるため、というのも多分に含まれていそうだったが、せっかくの好機チャンスを見過ごさないように、号令をかけた。


 まっさきに応じたのは、イオネだった。


「コイツが終わったら、エリーの番だかんね!!」


 横薙ぎに払われた鉄槌が、逃れようのないブレスクスの胸郭を痛烈に打撃する。


 と、もがき苦しんでいたブレスクスの動きが一瞬だけ止まり、口からキラキラと光るものを噴出した。


「うわ!? キタナ……くない? 地霊硝だ、これ!!」


 期せずして、目的のものを見つけたイオネが喜ぶ。


 それら一切合切を無視して、オルレオはもう一撃、凧盾カイトシールドの下部分、尖った盾の頂点でもう一撃、強烈な打突を胸に叩き込んだ。


 痛みに悶絶しながら、ブレスクスの顎が高く持ち上がった。


 そこに、オルレオは横一閃、首筋を切り裂くように剣を振るう。


 瞬間、真っ赤な雨が真下にいたオルレオに降り注いだ。


 (勝った!!)


 その一瞬、確かにオルレオは油断した。


 ピクリ、とブレスクスの前脚が動いたのに気づけたのは、日ごろの訓練のたまものか、師の教えが良かったか、たまたまか。


 それでもオルレオは咄嗟に盾を構えてそれを受け止めた。


 受け止めた、のはいいが重すぎる。空を飛ぶために軽量化されていた翼竜ワイバーンと違い、ブレスクスはそのがっしりとした体型に見合った重さを持っていた。


 横目でイオネを見ると既に安全圏まで退避している。


 それを見届けてから、オルレオは盾で爪をいなしてから大きく後ろに飛んで距離を開いた。


 穴から這い出てきたブレスクスの目は、首から大量出血しているというのに燦燦と輝いている。


「さっすが、魔獣……すごい生命力だ」


 感心したようにつぶやくオルレオの後ろで、


「「ゲッ!?」」


 イオネとエリーは揃って採掘場の奥を見ながら年若い少女が出してはいけないような渋い声で唸っていた。


 ああ、何かイヤなものがあったんだろうな……嫌だなぁ、見たくないなぁ、という内心の気持ちを押し殺しながらオルレオも二人が見ているモノに視線を向けたところで……。


 視界に映ったのは、ぽっかりと空いた大きな横穴と、そこからぞろぞろと這い出してきたゴーレムの群れだった。

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