第41話 翼竜退治5

 翼竜ワイバーンの視線はまっすぐに盾を構えたオルレオを捉えて離すことなく注がれている。その胴体には前回の戦いでオルレオがつけた傷跡がまだ生々しく残っている。切断された尾の根元は肉が盛り上がりをみせてまるで新しく生え始めているかのような印象がある。


 オルレオは動き出さずにこちらを観察している翼竜に不気味を覚えていた。本来であれば奇襲をかけてくるだろうにそれをせず、今もこちらが動くのを待っているかのように待ち構えたその姿に気圧されてしまう。


 気持ちを落ち着かせようとオルレオは剣を握ったままで相対した翼竜に気づかれないようにそっとバッグの口付近を触った。氷霜珠は残り三個、これをどのタイミングで使うか。相手の余裕の正体を見極めてから考えようか、それとも先手を打って何もさせずに終わらせるつもりで全部使いきるか……


 翼竜から視線を外さずにそこまでを考えていたオルレオだったが、ふと、再生途中の尾が目に入った。そこにあったはずの尾を自分が切断した・・・・・・・のだということを嫌でも思い起こさせるその光景に、さっき感じていた悔しさが再びせり上がってきた。


 剣を握った手に思わず力が入る。ギュッと音を立てる革籠手の音は、オルレオの耳まで届くと、走馬灯のように尻尾を斬って逃げ出した日の強くなりたいと願った気持ちを呼び起こしていく。


「強くなりたい、じゃダメなんだ……」


 その願いを否定するようにオルレオは剣を持った手をゆっくりと下段に構えなおした。バッグの中に残った氷霜珠のことは頭の中から完全に放り出してしまい、眼前の翼竜を強く見据えた。


「強くなるんだ……」


 盾を半身にずらし、自ら攻撃を仕掛ける姿勢をとると、それに合わせるように翼竜は羽ばたきを強めていく。


「強くなるんだ!!」


「GUUURAAA!!」


 オルレオの猛りに応えるように翼竜の咆哮が響いた。動き出しは同時。盾を開いたまま駆け出すオルレオとやや高度をとって足から突っ込む翼竜。


「GUURA!!」


 翼竜の左足からのけたぐり。


「シイィヤァ!!」


 迎え撃つように、剣が下から振り上げられた。


 金属と爪の激突は周囲にいびつな高音をまき散らすも互いに退かず。


 ならばとばかりに今度は翼竜の右足がオルレオに迫り、それを判っていたとでも言わんばかりにオルレオの盾が防いだ。


 横合いから足首に盾の縁を叩き込むつもりがタイミングをずらされて盾の正面から受けるような形で衝撃が来た。瞬間、右手に感じていた重みがスッと消えた。


 嫌な予感がオルレオを包みこみ、それを振り払うために盾を握る手に力を込めた。


 盾に身を隠したオルレオに強い衝撃が連続で襲い掛かってくる。盾の向こうでは踏みつけるようにして繰り出されたストンピングの連打が猛威を振るい、盾からは悲鳴のようにいびつな音がし始める。


 その状況を打開しようと剣を握りこむが、翼竜の猛攻に曝されている中で体勢を変えることは難しい。少しでも剣を振るおうと体をひねってしまえば踏みつぶされそうなほどの劣勢だ。


「こ、の、」


 このままではジリ貧で、盾が壊れるか自分の体力が尽きるかだと判断したオルレオは、剣から手を離した。


 両手で盾を持つと蹴撃の中で盾を横向きへするよう強引に跳ね上げる。盾の縁から顔をのぞかせると、翼竜の足裏が見えた。それにあわせるように大盾の角を突き込み、払うようにして受け流す。


 翼竜の体勢がわずかに崩れて連打が止んだところで、オルレオは渾身のシールドスマッシュを叩き込んだ!!


「GA!?」


 盾は見事、翼竜の胴体へと一撃を加えたが、翼竜もその一撃を予期していたのか後方に飛んで衝撃を逃がしていた。


 距離が離れたことでオルレオは地面に落とした剣を拾い上げてもう一度構えなおした。盾を確認すれば表面は傷だらけであちこちが凹んではいるものの穴が開いたり縁が曲がったりはしていない。まだ使える。


 仕切り直しだ。


 今度は、翼竜が先手を取った。いったん空に舞い上がると急降下しながら両脚での爪撃を狙ってくる。


 対するオルレオはそれを受ける……と見せかけておいて側面に回り込んで翼へと横薙ぎの一撃を加えた。


「GUAA!?」


 翼膜に傷をつけ追撃を仕掛けたところで、翼竜がその堅い頭殻でオルレオの剣を防ぎ、弾き上げるようにして受け流した。


 そこに隙が生まれた。右腕を跳ね上られたオルレオの胴に翼竜の爪が迫る。咄嗟に身体をひねって回避するも、爪の一撃は鎧を削り、オルレオの脇腹はその衝撃を受けてひどく傷んだ。


 が、オルレオもただでは済まさなかった。オルレオに一撃を与えた翼竜の左足は無理な姿勢から放たれたのか伸び切っている。その関節にオルレオは盾の縁を叩き込んだ。


「GUO!?」


 鈍い音とともに翼竜の苦悶の声が轟く。左足はプラプラと伸び切ったまま揺られている。関節が外れたか骨が折れたか。好機とばかりに構えなおしたオルレオは右手の剣を上段から斬り下ろそうとして。


「GAAAA!!」


 再度、翼竜の頭殻で防がれた。先ほどと同じように剣を弾こうとする翼竜の動きを手首を柔らかくしならせて受け流すと、今度は翼竜の頭を抑え込みに行った。


 わずかの間ではあるが、場に静寂が訪れる。互いの力が拮抗して動くに動けない状態になったのだ。うかつに動いてしまえば相手に隙を見せる形になる。それを互いに理解して膠着してしまったのだ。


 剣と頭でのつばぜり合いの中で、オルレオは翼竜の翼がわずかに動いたの見て距離を取るように後ろに下がった。羽ばたいた翼竜も後退し、両者の間には風が舞った。


 互いに動き出せば刃が届きそうな距離を保って一人と一匹は向かい合った。


 オルレオは緊張を切らないように構えを崩さないように、大きく深呼吸をする。


(次で決める!!)


 そう決心したオルレオは剣を鞘に納めて盾を両手で前に構えた。ダヴァン丘陵で初めて相対したときと同じ構えだ。


 その構えに何かを悟ったのか、翼竜もゆっくりと翼を動かし始め徐々に徐々にその回転を上げ始めていった。


 風は強く、平原の砂や石粒まで巻き込みながら四方八方にまき散らされてオルレオが構えた盾の表面にも小さな音を立てながら降り注いだ。


 その中でもオルレオは決して目を閉じず、翼竜の動きを注視し続けた。


 そして、ひときわ大きく翼がしなったその時、翼竜の身体はまるで何者かに引っ張られるように急速に後退して、見えないゴムに弾かれるように突進してきた!!

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