第42話 翼竜退治 終幕

「来い!!」

 

 急加速して水平突撃を仕掛けてきた翼竜を迎え撃つべく、オルレオは左足を後ろに引いて腰を落とした。両腕はややまげた状態で盾を真正面に構えつつ受けた衝撃を身体全体で吸収できるように意識していく。目は盾の上からのぞくようにして、視線は決してそらさない。


 眼前には翼を器用に折りたたみ研ぎ澄まされた一本の矢のような一直線の姿勢でオルレオへと迫ってきている。


 オルレオは衝突の刹那、突進の力をわずかでも逸らそうと盾を斜めに翼竜の頭を上空に向けるかのように構えなおし、それを感じ取った翼竜は盾の中央、オルレオを彼方まで吹き飛ばしてやるとばかりにやや頭を下げていた。


 激突は一瞬。


 轟音とともに辺りへ衝撃をまき散らした。


 が、攻防は終わらない。


 翼竜の一撃はオルレオの真芯を捉えて衝突の勢いをそのままに押し込んでいった。その強烈な力に足が浮いて大きく弾き飛ばされそうになるのを何とか堪える。オルレオは地面に根を張るように踏ん張るも二本のいびつな轍を残しながら押されていく。


「こぉのぉお!!」


 吠え猛り、翼竜の勢いを殺すため今まで以上、地面にめり込むまで足腰に全身全霊を籠める。


「とぉぉまァれぇぇえええ!!!」


 真芯を捉えられている盾はそのまま変に動かさず翼竜の頭を動かすことが出来ないように押し返し、そして。


 地面から立ち上る土煙が徐々に小さくなっていく。身体がバラバラに吹き飛ばされそうになるほどの衝撃は和らいでいき。


「GURUUUAAAA !!!」


 翼竜の咆哮虚しく、突撃から始まった力相撲はそこで止まった。


 オルレオはその瞬間に盾の角度を上下逆に、翼竜の頭を地面に抑え込むように入れ替えた。


「GAA!!」


 うっとうしがるように声を挙げて首を跳ね上げようと翼竜が力を入れる。首の根元から頭までを鞭のようにしならせて盾を弾き上げようとしたその瞬間、タイミングを合わせてオルレオは盾を小刻みに動かしながらその力を封じ込めた。


「GUA!?」


 思ったように動くことが出来ず、翼竜は驚愕した声を挙げた。


 その隙にオルレオは右手を盾から離して左腰に納めた剣を再び引き抜いた。が、力の拮抗が崩れたことで翼竜の首は動きを取り戻して盾の拘束から逃れようとしていた。


 その動きを利用するかのようにオルレオは盾を左手一本で巧みに操り、今度は翼竜の動きに合わせるように下あごから真上にカチ上げた。


 翼竜の首がオルレオの眼前に隙だらけで曝された。


 その隙を見逃さず、オルレオは右足を大きく踏み込み、全身のばねを縮こませて反動で飛び上がるようにして左から袈裟に斬り上げた。


 その一撃は翼竜の首元に食い込み、血を噴き出させながらも留まることなく空へと駆け抜けた。


 返り血がオルレオの顔面を染め上げて、視界も黒みがかかった赤と鮮烈な朱の二つに塗りこめられた。


 反射的に目をつぶってしまい、跳ね上がった体勢から着地に失敗して地面に転がったオルレオの脇で、ドサッと大きな音が地に響いた。


 慌てて立ち上がりながら目元を拭ったオルレオが見たものは、首を深く切り裂かれて地面に倒れ伏した翼竜の姿だった。


 大きく荒く息を整えながら、ゆっくりと慎重に油断することなく構えを解かずに翼竜に近づいたオルレオは、目から力を失ったその顔を見て、ようやく己が翼竜を倒したのだと実感した。


「イイィィィイヨッッッッシャァァアア!!!」


 途端、オルレオは意識しないまま剣を空に掲げるように拳を突き出して勝ち鬨かちどきを挙げていた。


 肺の中の空気が空っぽになるまで叫び続けて、ようやくオルレオの雄たけびは止まった。さっきまでよりも息を荒くさせながらオルレオは前へと向き直り……一歩前に踏み出そうとしたところで、がくっと膝から崩れ落ちた。


「あ、れ?」


 自分でも思っていた以上に疲れていたのだろう、力が入らなかった。それでも体に鞭を打って立ち上がり、まずは翼竜の頭を切り落とした。


 そこから先をどうしようか、と一息つきながら考えていたところで。


「あの、もし……」


 背中から声を掛けられた。落ち着き払った少し年かさの男の声だ。


 慌てて振り返ったオルレオの前にいたのは背筋をきれいに伸ばし頭の上に犬耳が付いた痩せた男だ。その後ろには馬車が停められている。


「何か?」


 警戒心を隠さずにとげのある声でオルレオが問い返す。


「あの、翼竜は君が倒したんで?」


「ええ、まあ」


 歓迎されていない空気を察してか、犬耳男は端的に要点だけを聞いてきた。


「ものは相談なのですが……解体と街までの搬送を請け負わせていただきますので、よろしければ内臓と鱗を100枚ほど、それと翼膜と翼爪をわたくしに売っては頂けないでしょうか?」


 その申し出に、オルレオはわざと考えたふりをした。即座に飛びつきたい申し出ではあるのだが、それでは相手に弱みを握られてしまうかもしてないと思ったからだ。


「も、もちろん報酬については、しかとご用意させていただきます」


 とりあえずの手付として、と言いながら男がオルレオの元までゆっくりと歩いて来て1万シェルケ小金貨を手渡してきた。


「……では、それでお願いします」


 ふう、と息を吐いて緊張感を解きながらオルレオは男に丁寧に返事をした。男もそれで何かを悟ったのか肩から力を抜いて朗らかな笑みを浮かべた。


「申し遅れました。私はギュンター商会のカール・ラッセと申します」


「オルレオ・フリードマン、冒険者です」


 そういって自己紹介したオルレオの胸元をカールと名乗った男はやや驚愕した表情で見つめた。


「その、失礼ですが5等3位の冒険者でお間違いないので?」


 どうやら、石で造られた一個しかない徽章を見られたようだ。


「ええ、昇進のために翼竜討伐のミッションをこなしていたので」


 オルレオの説明を聞いて、カールは納得したように手を打つと一言、「しばしお待ちを」と言って馬車の荷台から大きな空間拡張バッグを持ち出して来て、それに翼竜の身体を丸ごと格納した。


 バッグの口の大きさと翼竜の大きさがどう考えても釣り合っていなかったのだがバッグの口に近づくと翼竜の身体が小さくゆがんで吸い込まれるようにしていったのにオルレオは思わず目を丸くした。


 そのまま、オルレオはカールの馬車に同乗してレガーノまで連れて行ってもらった。道中にカールと話していると、どうやらカールはレガーノで近々大規模な翼竜討伐が行われると聞いて翼竜素材の買い付けに来たらしい。


 その道中でこうして翼竜を退治したオルレオを見つけることが出来て幸先が良い、とカールはにこやかに笑った。


 レガーノの北門が近づいたところで、カールは近くの行商達に声をかけて翼竜の解体を始めた。手早く翼竜は解体され、カールは手伝いの行商達に鱗を駄賃として渡していった。


 これはカールが買い取った100枚の鱗の中から支払うという形でオルレオは損をすることなく、一気に解体が終わったので随分と楽が出来た。


「それでは、内臓と翼膜、翼爪、鱗の代金として……追加で5000シェルケでいかがでしょうか?」


 にんまりと笑うカールに、オルレオはまあ多少ぼられてたとしてもいいか、と即決でその額で売ることにした。


「構いませんよ」


 オルレオも笑みを浮かべながらそれを承諾すると、カールは実に嬉し気に笑いながら。


「ではこちらで」


 と1000シェルケ大銀貨を5枚オルレオに手渡してきた。その時、ぎゅっとカールはオルレオの手のひらを両手で包み込むように握ってきた。


 すぐにその手を離したカールだったが、オルレオは咄嗟のことで何が何だかわからなかった。


「あなたの様に前途有望な冒険者は極めて稀でございます。何かございましたらギュンター商会をお尋ねください。私の名前を伝えていただければ便宜を図るように言っておきますから」


 では、と軽やかに手を挙げて、カールは馬車に乗って北門へと向かっていった。


「……もしかして、えらい人だった、のか?」


 残されたオルレオはしばし呆然とその場にたたずむことになった。


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