第40話 翼竜退治4

 ほぼ同時に飛び出したオルレオと翼竜ワイバーンの距離はみるみるうちに縮まり、数秒も経たないうちにお互いの攻撃が届く位置になる。オルレオは衝突することを覚悟のうえで足を止めることなく盾を前面に押し出す。対する翼竜はその堅い頭殻で盾を打ち破るべく、衝突の瞬間に大きく羽ばたきを撃った。


 激突の瞬間に勢いを増した翼竜の頭突きがオルレオの盾を襲い、オルレオはその勢いを殺すべく、背中から自分で倒れた。


 盾で自分の身体を覆い隠したオルレオは翼竜が上を通過していくのを待ってすぐに体全体をばねにして跳ねるように立ち上がった。


 翼竜はというと立ち上がるような姿勢で空に翼を広げると180度横旋回してオルレオを視界に収める。


 その目に忌々し気な殺気が増したのを見て、オルレオはニヤリと笑った。


 その笑みが余計に翼竜をイラ立たせたのだろうか。翼竜は再度空に舞い上がると、後肢を押し出しながらの急降下突撃を敢行してきた。


「ソイツを待ってた!!」


 オルレオは盾を自分の横に腰だめに構えて、真正面から翼竜を見据えた。身を護る盾を脇に構えて正面をさらしたオルレオは迫りくる翼竜が「馬鹿め」と蔑むような勝ち誇ったような眼をしたのを受けて、もう一度笑った。


 そして、翼竜が己の威容を誇る様に翼を広げ、大空を打撃し、オルレオに爪を突き立てんとしたまさにそのとき、オルレオは今の自分に出来る最高の攻撃を繰り出した。

 

 左脇に構えた大盾を正面、翼竜の折れた右足を狙うようにして突き出し、同時に右手の剣を左足の爪を迎え撃つように下段から斬り上げた。


 オルレオの目論見通り、吸い込まれる様にして決まったその一撃は、翼竜の左足の爪を指毎へし折って、右足には折り目をもう一つ増やした。


 もちろん、オルレオも全くの無傷とは言い切れない。両手を器用に使い分けた攻撃は成功したが、翼竜の勢いを殺すことは出来ず、大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。


 だが、大きく弾き飛ばされながらもオルレオは翼竜が大きく体勢を崩して地面すれすれまでその高度を落としているのを見逃さなかった。


 後ろに倒れこみそうになるのを腹筋と背筋に力をいれて姿勢を立て直し、大地に触れた足を全力で踏みしてその場に留まった。


「オオォラァアアァ!!」


 そして、全身全霊を込めて一気に翼竜の元まで飛び込むと、渾身の袈裟斬りを翼竜の正中へと叩き込んだ。


「GURUUUAAAA!!!???」


 叫び声を轟かせながら、翼竜は地に墜ちた。すかさず、オルレオは右手の剣を手放してバックの中に突っ込んでこの時のために買い込んだ氷霜珠を取り出して翼竜の翼に投げつけた!


「GAAAA!?」


 悲鳴はさらに大きく。翼竜は立ち上がることもできず地に横たわり、そして翼も動かせず身動きを取れなくなって首だけを使ってオルレオに向き直った。


 ゆっくりと近づきながら、オルレオは真正面から翼竜の目を見た。そこに恐怖は微塵もなく、どこまでも強い憎しみと怨嗟が渦巻いていた。


「悪いな」


 ちっとも悪びれた様子もなくオルレオはそう言い放つと、翼竜は何が起きるのかを判ったうえで覚悟しているかのように身動きを止めて目を閉じた。


 オルレオは翼竜に対して頭を下げたうえで、その首元の鱗の隙間に剣先をあてがい全体重をのせて突きを放つように押し込んだ。


 剣はもともとの重さもあるおかげか、それとも翼竜が抵抗をしなかったためか、すんなりと地面へと貫通して血で濡らしていった。


 オルレオが剣をひねると、そこから空気が入り血が勢いよく吹き出す。翼竜は一度だけ大きくのけぞるようにして、そして息絶えた。


 オルレオは剣を一度引き抜くと、自分の胸元に引き寄せて眼前に構えた。特に何か意味のある構えではなかった。だが、それでも、目の前の翼竜へと敬意を表すべくオルレオは目をつむり一秒にも満たぬ間であったけれどもその死に祈りをささげた。


 構えを解いたオルレオはそこからは先ほどまで感傷に浸っていたのがまるで嘘のように手早く翼竜を幾つかに切り分けていった。この辺の切り替えの早さは元々が山暮らしで自分で獲物を狩りながら生きていたことが人生の基礎になっているからだ。

 

 まず初めにミッション達成報告に必要な首を切り取って翼と足を切り落とす、翼竜の背と腹の境目あたりに切り込みを入れて手早く革を鱗が付いたまま剥がしていく。


 それらをバッグの中に納めたら次は胴体と肉だ。


 幸いにして翼竜ワイバーンは毒や特殊な臓器などがないため、きちんと調理すれば食べることが出来ると聞いたことがある。


 特に、翼竜の腸はもつ煮や腸詰として人気があり、肝臓は細切れにして焼いて食べるとすごく美味だという。


 なのでオルレオは普段の様に内臓をその辺に捨てることのないよう革袋を別で用意していた。


 腹から割いて内臓を取り出すとそれらをいくつかの革袋に小分けに納めてバッグに放り込むと後は肉を適当に切り分けて骨と合わせてバッグに詰め込んだ。


 辺りに血だけしか残らなくなったころに、オルレオはようやく息をついた。


「はあ……」


 しかし、その表情は生き残り、ミッションを達成したというのに酷く物憂げだ。理由は簡単で、だからこそ根が深い問題だ。


「結局あの時以上の一撃は出なかった、か」


 あの時、というのはダヴァン丘陵で翼竜の尾を切り落としたときのことだ。無様に逃げ出したあの時と、今回であればどちらがいい思い出でどちらが良い成果を得たのかと言えば間違いなく今回だ。


 そしてあの時と今であればどちらが良い戦いだったか、と問われても今が勝つだろう。戦いの内容的にみても敵に囲まれかけて博打の一手でなんとか逃げ延びた前回と用意周到に整えて万全を期して生き残った今回では雲泥の差があると言ってもいい。


 しかし、偶然とは言え尾を斬り飛ばした前回と、結局戦いの中では指を折ったり切り傷をつけることしかできなかった今日では剣の扱いで負けたとしか言いようがないのだ。


「まだまだ、精進が必要だってことかな」


 じっと手のひらを見つめながらそうこぼして、オルレオは前を向いた。時刻はまだ昼前、街に戻ったころにはちょうど昼飯時といったところ。


「ま、帰りますかね」


 歩き出す前にオルレオが大きく伸びをする。空は晴れ渡り、雲一つない真っ青な天気だ。だというのに、オルレオは不意に影を見つけた。


 嘘だろう、とか、まさか、とかオルレオの脳内では幾つもの言葉が浮かんでは消えて同時に徐々に徐々に脳内では警報が大きくなっていく。


 剣を引き抜き、盾を構える。そこへ、奇襲をかけることもなく。悠然とした姿でゆっくりと空から現れる影が一つ。


 翼竜だ。それも尾がなく・・・・瞳には燃え上がるようなどす黒い怒りを湛えた。


「GYAAAAOOOOOOO!!!!」


 咆哮が、一戦を終えて緩んでいたオルレオの精神を否応なく戦闘態勢へと移り変わらせる。


「冗談キツイって……」

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