第39話 翼竜退治3

 ミッション2日目。


 オルレオは昨日の遭遇戦から一つの仮説を立てて翼竜を探すことに決めて街をでた。昨日は遮二無二しゃにむに歩き回っていたけれど、今日は二つの轍が続く道―馬車道を行くことにしたのだ。


 理由としては簡単。昨日の翼竜が馬車を狙っていたこと。そして北門の外や街中で傷ついた馬車を見たことを思い出してマックスに話を聞いたところ、被害が集中しているのは行商達が周辺の村落に行く際によく使う道だとわかったからだ。


 この馬車道、というのは正式に整備された街道ではない。北門から通じる正式な街道はアルゴナウ王国に通じるラディッグ街道だけだ。街道沿いにはいくつもの宿場町が存在しており、かつてはそこそこに栄えていたという。


 もっとも、アルゴナウ王国の混乱からは主に逃げ出してきた難民たちが通過するようになり、それを狙った盗賊も跋扈ばっこし、レガーノの領主や各宿場町の代表が資金を出し合って傭兵を雇い対処するようになった結果、現在では“傭兵街道”なんて呼ばれているのだが。


 そんな傭兵街道とは違い、こちらの馬車道は簡単にいえば生活道路だ。レガーノに恭順の意思を示した周辺の村落が各々で勝手に道を踏みしてめて造り上げた道で、表面には石畳なんてものはなく、土がむき出しで凸凹も多く、ところどころには穴が開いている。手作り感に溢れた道路だ、と言ってしまえばいいが素人が片手間で造った道だというのが正しいだろう。


 その道をオルレオは警戒した面持ちで歩いていく。馬車道はメインといえる一本の太い道とたまに現れる細いわき道からなっている。オルレオはそのわき道を無視しながら幅の広い道を選んだ。


 さて、今日はどうしようか?薬草は見つけたら採取することにして積極的に探すのは辞めておこうか……などと気楽に考え始めたオルレオの視界にちらりと影が見える。


 瞬間、オルレオは大盾を構えた。


 直後、上空から風が来た。ついで、影そのものも飛来する。急降下突撃を両手で盾を支えながら受けきるとオルレオは右手を腰のバックの中に突っ込んで目的のものを掴んだ。


 オルレオが腕を引き抜こうとしたその時、逆光を受けて影となっていた翼竜が大きく距離をとった。


 悠々と羽ばたきながら中空にとどまり、まるでこちらの出方を窺うかの様にたたずんでいる。


(……この状況、嫌なことおもいだしちゃうな)


 オルレオの脳裏に浮かんだのは、ダヴァン丘陵であったあの翼竜のことだ。あの時の翼竜もちょっと見下すような目つきで見下してきてムカついたな、とついこの間のことを思い出して目の前の翼竜から視線を外さずにあたりを探った。


 あの時のように援軍が来ているのかも、と背筋を寒くしたがあたりに他の翼竜はいそうにない。そもそも、あの時は翼竜が吠えたのをきっかけに援軍が来たのだ。ならば、まだ鳴き声をあげていない今なら援軍はいないだろう。


(なら一気に片をつける!!)


 オルレオは手に持ったままにしていた氷霜珠を割れぬように落とさぬようにしっかりと握りなおして盾を突き出して距離を詰めた。


 それをあざ笑うかのように翼竜は少しだけ上昇し、その長い尻尾を叩きつけるように縦旋回した。 


 頭上より迫りくる攻撃にオルレオは盾を掲げて、叩きつけられた勢いに逆らわずに後ろへと下がり、尻尾が振りぬかれる直前に大きく弾いた。


「GUA!?」


 刹那、翼竜の姿勢が崩れる。そこを狙って、オルレオは右手の氷霜珠を投げつけた。氷霜珠はねらいに違わずまっすぐに翼竜に向かって飛んでいき。


「GUUURAA!!」


 叫びと共に大きく動き出した翼の羽ばたきで砕け散る。


「嘘だろ!?」


 オルレオと翼竜の間に、薄く広く氷の粒がまき散らされ、キラキラと光り輝きながら風に舞った。


「クッソ!!」


 悪態づきながら剣を引き抜いたオルレオの面前に、今度は噛みつこうと首を伸ばしてきた翼竜の姿が見える。その一撃を翼竜の下を潜り抜けるように飛び込んで躱し、立ち上がりからの斬り上げで反撃を行う。


 狙いは尻尾。


 体勢を崩させるならココだと気合を込めたその一撃は。


「GAAA!!」


 無理矢理伸ばしてきた左の脚に防がれた。


 ならばとオルレオは両脚を思いっきり踏ん張って、翼竜を彼方まで弾き飛ばしてやろうと全力で剣を振り切った。


 翼竜はキリモミしながら空を転がったが地面に墜ちることはなく、翼と尻尾を器用に動かして何とか立て直した。


「オオオオォォォ!!」


 そこに、オルレオは全力で追撃を仕掛けた。地面スレスレまで寄せられた翼竜に対して真っ向から斬り下ろす。


 脳天から真っ二つにカチ割る様に放たれた一撃であったが。


(かっっったっ!!?)


 頭殻は予想以上の堅さでオルレオの一撃を防ぎ、さらには衝撃は首を剣線に沿うようにして逃がされたことで思った以上の成果を得られず、翼竜を墜落させるには至らなかった。


 今度はこちらの番だ、とでも言うように翼竜の目に力が籠もる。それに気が付いたオルレオは伸び切った右腕を引っ込めて大盾を構えなおした。繰り出されたのは頭突きだ。


 オルレオの一撃で地面へと垂れ下がった首が勢いよく振り上げられて、オルレオを下から跳ね上げるように堅い頭殻が叩きつけられる。


 その一撃を後ろに飛んで衝撃をすかそうとしたオルレオであったがタイミングを合わせきることが出来ず、上体がわずかに浮いてしまった。


 隙を見せたオルレオは、追撃を警戒して盾で身を護る様に体をかがめたが、翼竜はそれを見越したかのように追撃を仕掛けるのではなく仕切りなおすかのように距離を取った。


 オルレオは盾を前に剣先を後ろに下げるように構えなおして翼竜を見つめた。どこかに突破口はないかと相手の状態を確認し始めたのだ。


 翼竜はというと、ついさっきまで危機にあったのを忘れたかのように不敵な表情をしているように見えた。頭から首、翼、胴体と見ていくが傷らしき傷は見当たらない。


(あれだけやって無傷かよ……)


 そんなことはあるわけないだろう。と思いながらも徐々に嫌な予感がしてくる。背中に嫌な汗が流れて鼓動の音が大きく聞こえてくる。鼓動の音に合わさる様に手が、足が小さく震え始める。


 それを抑え込むようにグッと歯を食いしばると同時に、視線は足へと到達した。


 見れば、先ほど防御に回した左足からは血が流れており、そして何もしていないはずの右足は爪が欠けていびつな方向に折れ曲がっている。


 その事実に気づいたオルレオはハッと昨日の出来事を思い出していた。確か、昨日戦った翼竜は折れた爪を残していったのだ。


 つまり。


「お前……昨日のヤツか!!」


 その言葉に翼竜は何も答えない。ジッとオルレオを見つめながら逃げるでもなく襲うでもなく最初と同じく隙を窺うように空にたたずんでいる。


 そういえば、とオルレオは今日の戦いで最初の急降下突撃でしか翼竜が爪を繰り出してこなかったことに気が付いた。


 おそらく、ではあるが昨日の戦いで右足の爪を失い、そして今日の初撃で爪のないまま突撃を行ったことで指が折れてしまったのだろう。


 そこにオルレオは光明を見た。


 鼓動が落ち着きを取り戻し、体は力を籠めなくても震えを起こすことなくゆったりと構えることができる。


 やれる。


 オルレオが見出した望みが確かなら、勝ち目がでてくる。


 後は手繰り寄せるだけだ。


 構えを崩さないように大きく息を吐いてゆっくりと空気を取り込んでいく。


 じりじりと間合いを詰めるように動くと、何かを察したのか、翼竜も少しずつ空を移動していく。


 もう一度大きく深呼吸を一つ。


「それじゃあ、やろうか!」


 その言葉を理解しているかのように翼竜が低く、低く、頭から体当たりするように突撃をはじめ、迎え撃つようにオルレオも前に出た。

 

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