第34話 翼竜対策1
ギルドから外に出たオルレオは今日一日を明日以降の
重厚な木の扉に手をかけてゆっくりと開くと、ふわりと紅茶の香りが舞うように漂ってきた。
店の奥にある応接テーブルでは店主のアデレードが柔らかな笑みで手招きをしている。
「いらっしゃい、オルレオくん」
「えっと……今日は、買い物に来たんです!」
「ええ。ですが、その前に少しだけ、お茶に付き合っていただけません?」
オルレオはまるで自分がこの時間に来ることがわかっていたかのように準備を整えていたアデレードに驚きと戸惑いを感じていたが、それでも心の中でなんとなく納得をしていた。
「予知みたいなこともできるんですか?」
だからこそ、席に着く前にオルレオは素直にそう問いかけていた。対するアデレードはその質問に眉一つ動かすことなく柔らかな笑みのままで。
「女の勘、というものでございます」
慣れた手つきで、カップを運んだアデレードに、オルレオはわずかに苦笑を浮かべただけで、すぐさま席に座った。アデレードもゆったりとした所作で席に着くと、二人だけのお茶会が始まった。
「こんなに早くお買い物に来ていただけた、ということは何か大きな仕事でもされたんですか?」
たおやかに紅茶を嗜みながら問いかけたアデレードに、オルレオはあいまいに笑いながらここ何日かの出来事を話し始めた。
エリーという少女の護衛としてエテュナ山脈へ赴いたこと。そこで、冒険者としての採取方法の手ほどきを受けたこと。オオカミの群れとゴブリンの群れを退けたこと。そして昨日の調査クエストでのあれこれと……明日以降の昇進ミッションについて。
相も変わらずの拙い話口調のオルレオをフォローするようにアデレードが合いの手をいれてくれたおかげでずいぶんと会話は和やかに進み、気が付けばオルレオのカップは空になっていた。
「ふふ、それでお金が溜まったから、今日はお買い物に来てくださったのね」
「そうなんです!空間拡張バッグが欲しくて……昨日の報酬がいっぱいだったから買えると思って来ちゃいました!」
そういって、取り出したオルレオの財布はパンパンに膨れ上がっていた。ギルドから出てしばらくしたところで、慌てて追ってきたクリスから支払われた調査クエスト同行の報酬が予想をはるかに超えていて、オルレオの小さな財布にギチギチに詰め込まなければいけなかったのだ。
あらあらまあまあ、と嬉しそうにほほ笑みながらアデレードはするりと腕を持ち上げると、そこにはいつの間にかオルレオが以前店に来た時に見ていたのと同じバッグが提げられていた。
あっ、とオルレオが声を挙げようとしたところで、アデレードは人差し指を自分の唇に当てて、小さく口止めをした。オルレオが慌てて両手で口を押えると、アデレードは小さく、くすくすとした忍び笑いをこぼした。何だか恥ずかし気にオルレオが顔を伏せたところで、その目の前にくるようにバッグが差し出された。
「とりあえず、商品の説明をさせていただきますね」
アデレードがバッグの留め金の部分を指さしながら聞き取りやすい声で続きを紡ぐいでいく。
「このバッグには空間拡張の魔術がかけられています。でも、魔力を補充しないと普通のバッグと何ら変わりませんのでその点は注意してください。魔力の補充には魔石を使います。オルレオくんは今、持っていますか?」
オルレオは持ってきていた魔石をアデレードに見せると、アデレードはひとつ頷いて説明に戻った。
「この留め金の部分が
「魔力切れになったら中に入っているものはどうなるんですか?」
「そのときは、新しく魔力を補充するまで出し入れが出来なくなりますから、常に予備の魔石をこのバッグ以外のところに用意しておいてください」
はい、と元気よくオルレオが返事をすると、アデレードはバッグをオルレオに手渡した。それをオルレオは腰にくるようにして装着をして軽く体を動かしてみた。特に問題がないのが分かったところで、オルレオは財布の中から100シェルケの小銀貨をザラリと取り出して並べながら枚数を数え始めた。
きっかり小銀貨で55枚を数えたところで、オルレオはそれをアデレードに手渡した。
「それでは、確かに。お買い上げまことにありがとうございます」
手にした小銀貨をオルレオの目の見えぬうちにどこかにしまい込んだアデレードは優雅に一礼をした。
「こちらこそ、紅茶ごちそうさまでした。ありがとうございました」
倣うようにして、オルレオも大きく頭を下げた。
「それで、今日はこれからどうするおつもりですか?」
バッグを身に着けたまま立ち上がっていたオルレオに、アデレードは寂し気に微笑みながら聞く。
「とりあえずは“陽気な人魚亭”に帰って、お昼を食べながらマルコさんやエルマさんに翼竜退治について相談してみます」
その言葉にアデレードは今更ながらの疑問を感じて、首を傾げた。
「そういえば、前は翼竜から逃げかえってきたっておっしゃてましたけど……勝つ見込みはありそうですか?」
半ば答えを確信しながらも、その答えが聞きたくて、アデレードはオルレオをまっすぐに見つめて、聞いてみた。
「はい!なんとか!」
その時、アデレードの目に映ったのは、少しだけ彼女がよく知る笑顔だった。聞こえてきた答えは、似ても似つかぬ言い様だったというのに、それでもオルレオの決意に満ちた表情は、彼の師を思わせるような不敵な笑みを浮かべていた。
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