第33話 初めてのミッション
オルレオが応接間から出ていったフランセスを目で追っていたところで、
「んじゃ、アタシらも帰ろーぜ」
「ですね」
二人がソファから立ち上がって伸びをした。
「あ、でもオルレオは帰れねーのか」
一体なぜ?、とオルレオがいまいちピンとこない顔でニーナを見つめる。
「ギルドマスターが『ミッションを発動した』と仰っていたでしょう?今頃は担当の職員さんが説明のための準備を進めているはずですよ」
「んで、この部屋を出たら即行でミッションの説明を受けなきゃいけねーわけ」
ニヤニヤとまるで悪戯好きな猫みたいな笑い方をするモニカは「ま、頑張れよ」と言い残して出口へと歩いて行った。「うまく運ぶといいですね」とニーナは陽だまりのような微笑みを浮かべてモニカの後をついていく。
オルレオも二人の後をついて部屋を出た。部屋を出て廊下を過ぎてホールにたどり着いたところで、
「オルレオさん!こちらへ来てもらえますか?」
クリスが待ち構えていた。手には何枚もの資料が抱えられていた。
その姿を見て、モニカとニーナは片手をあげて別れを告げ、ギルドを出ていった。オルレオは二人に手を挙げて挨拶を返し、二人が外まで出ていくのを見届けたうえで、クリスへと向き直った。
「それで、もしかしてミッションの話?」
「あれ?もうご存じだったんですか!?」
話を切り出したオルレオに、クリスは驚いて声を挙げたが、直後にあっ、とつぶやいてその理由に思い当たった。
「もしかして、マスターから直接お伺いしたんですか?」
「うん、さっきね」
なるほど、と頷いたクリスはすこしだけ考えて、
「とりあえずはこちらに。ミッションの内容などについて説明させてもらいます」
先導し衝立で仕切られたスペースまで歩いて行ったクリスの後をオルレオは何も言わずに追いかけていった。
いつも通り二人で向かい合うように座ると、クリスが手元にあった資料を広げた。
「まずは、依頼内容の説明の前に今回の昇進ミッションそのものについて説明させてもらいますね。本来、ミッションは4等級以上の方に対してギルドから発令されるものです」
言って、クリスはズボンのポケットの中から小さな箱を一つ取り出した。中が見えるように開くと、そこにはオルレオが首から提げているのと同じ、冒険者であることを示す五芒星の徽章が納められていた。
オルレオが持っているのと違うのは、金属質な光沢を持ち鈍く光り輝いていることだ。
「今回は、ギルドマスターがご自身の権限で発令された昇進ミッションになります。オルレオさんがこれを達成されますと、現在の5等級3位から一気に4等級3位まで駆け上がることになります」
お、とオルレオは破格の昇進に俄然やる気が湧いてきたのだが、その一方で妙な不安を覚えた。
「……そんなに一気に上がっちゃって大丈夫なのか?」
ギルド登録の説明時に、強さだけでなく人格面でも評価されるという話を聞かされていたオルレオは、果たしてこんなに段飛ばしで昇進してもいいものなのかが急に怖くなったのだ。
「ええと、そもそも5等級の方々というのはオルレオさんの様にどこかで剣術を鍛えてきたりとか、装備を揃えた状況で登録する、なんてことはないんです」
「どういうこと?」
オルレオの質問に、クリスは「なんといったらいいか……」と言いづらそうにし、言葉を選びながら説明を始めた。
「その、冒険者というのは、基本的にはどんな人でも成れる者なんです……だから、生活のためにとか、一獲千金を目指してとか、さまざまな理由でギルドの門戸を叩いてきます」
うん、うん、と頷きながら聞くオルレオに、クリスはゆっくりと諭すように話をしていく。
「ほとんどの人は何の技術も持たず、装備も持たずにギルドに来ます。5等級、というのは彼らのための等級になります」
あ~、と分かったかのように頷くオルレオは、そこでおかしさを感じた。
「じゃあ、なんで俺みたいなのまで5等級から始めるの?」
「確認のためです。最初の数回のクエストで様子を見て、大丈夫そうだと判断されれば今回のオルレオさんの様に特別ミッションが発令されるわけです」
と、そこまでの説明を聞いてオルレオは「なるほど」と納得を一つしてから、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、俺は大丈夫そうだ、って認めてもらえたわけだ」
つられる様にクリスも笑みを浮かべた。
「オルレオさんは登録されてから今日までかなりのハイペースでクエストをこなされていて、その内容も採取から魔物の討伐、調査クエストへの同行等、多岐にわたることから、十分な実力がある、というのがギルドの見立てです」
そう言いながら、クリスは広げた資料の中から一枚を選び取ってオルレオに提示した。
「そんなオルレオさんだからこそ、このミッションが発令されたと言えます」
オルレオはそれを受け取って、目を通す。その内容は、
「3日間で
読み上げたオルレオの手に思わず力が入る。手にした紙は小さな音を立てて皺をつくっている。
「翼竜の討伐は、4等級の方にはやや難しめの難易度になります。そもそもがパーティーとして発令されるようなものなのでソロでこなされているオルレオさんにはさらに厳しいものになると思います……」
少しだけ残念そうに、声を落としながらクリスは説明を続ける。
「私も、勇気を出してギルドマスターに進言したんですけど、マスターったらは『あいつの弟子ならこれくらいはこなしてくれるさ』なんて言っていて……」
クリスがあまりにも似ていないギルドマスターの物まねをしたところで、ああ、とオルレオは思い出したようにつぶやいた
「そういえば、ギルドマスターはうちの師匠のこと知ってるみたいなことを言ってたような……」
その言葉にクリスは首をかしげながら問いかけた。
「お師匠さんは有名な方なんですか?」
その言葉に、オルレオも大きく首をかしげながら唸った。
「う~ん、どうなんだろう?俺にもよくわからなくて……」
と、オルレオは少しだけ考えて、答えが出ないことにすぐに気が付き、大きく首を振った。
「ま、そこはどうでもいいや。それよりも、ミッションについて!」
「あ、え、いけない!すいませんでした。それでミッションの詳細なんですが……」
勢いよく話題を変えたオルレオに、クリスは一瞬目を丸くしたがすぐに切り替えた。
「今回のミッションは、最近、ダヴァン丘陵から街の付近まで降りてきている翼竜の討伐になります」
「うん、昨日、北門で少しだけ話を聞いてきた」
オルレオが昨日、北門で見聞きしたことを説明すると、クリスはそれに少しだけ説明を付け加えた。
「現在、傭兵ギルドにも街道警備の依頼が出ているようで南門に通じる主要街道に配置が進んでいるようなのですが、北門から通じる道は利用者が少なく大きく対策が遅れています。なのでオルレオさんには北門から出て街道沿いを進み、翼竜を狩ってください」
クリスの説明に、オルレオは一つ頷いた。
「3日間で翼竜1頭ってことだけど、この3日間っていうのはいつから?」
「明日です。明日を1日目として
クリスの問いかけに、オルレオは緩く首を左右に振った。それを確認してクリスはゆっくりと頷いた
「ミッションを達成されたとき、つまり翼竜を討伐されたときはその頭部を回収してギルドまで持ち込んでください。それがミッション完了の証拠として扱われます」
今度は、オルレオが頷く。それをみて、クリスはまた大きく息を吸い込んだ。
「それでは、オルレオ・フリードマンさん。これでミッションの説明は終了になります」
ゆっくりと立ち上がるクリスに合わせて、オルレオも席を立った。
「頑張ってきてくださいね」
はにかむように、何かを押し殺すように静かにクリスが呟いた。オルレオはしっかりとその言葉を聞き取って、
「うん!パパっと狩ってくるよ」
笑いながら言って、オルレオは出口へと歩き始めた。
その背中に向かって、クリスは本当に小さな声で、
「無事に帰ってきてくださいね」
すがるように、祈る様に、願うようにこぼした。
「いってきます!」
その言葉に合わせるようにオルレオは元気よく挨拶をして、いつも通りにギルドの扉から外へと踏み出していった。
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