第31話 翼竜ふたたび

「おう、オルレオか……って姫様?」


 北門の門番マックスはオルレオに気が付いて軽く手を挙げて挨拶をしようとして……その近くにいたモニカを見てすぐに背筋を伸ばして敬礼した。


「失礼いたしまた!モニカ姫様!」

「マーックス……お前、アタシがそういうの嫌いだってなんど言ったら分かるんだ」

「しかし、姫様は姫様ですから」


 唸るように威嚇するモニカの圧力を軽く受け流しながら、マックスは敬礼を解いた。そして、飄々とした顔で言い訳がましいことを言ってのけるのだから、もしかしたらこの男はわざとこうした態度をとっているのかもしれない。


「で、姫様はどうしてオルレオとご一緒なので?」

「クエストの臨時メンバーってところだ」


 ほう、とどこか嬉しそうな声を挙げたマックスはジッとオルレオを見つめてもう一度笑みを深めた。


「使える男だったでしょう?」

「なんだ、よく知ってんのか?」


「ええ、三年ぐらい前からちょくちょく北の山から下りてくるのを見てますからね。来るたびごとに鍛えられていくのが分かりましたし、この街に来てからの活躍についても、妹からよく聞かされましたから」


 そういえば、オルレオがこれまで関わった依頼と言えばほとんどがエリーがらみのものだ。というか、今回の調査クエスト以外はエリー絡みしかない。


「ほーん……」


 自分から聞いておきながら興味なさそうに答えるモニカに、ニーナは少しだけため息を吐いた。


「そういえば、行きの道中でそんなことを言っていましたね。山の中で師匠と二人で修業しながら生きていた、と」


「そうそう、そんで街に降りて修行して来いって言われて街に降りて冒険者になった」


「んで、初っ端の依頼で翼竜ワイバーンとかち合って、盾で滑りながら尻尾ぶった切ったんだよな!」


 茶化すように笑ったモニカの一言にマックスの顔に影が差した。


「何かあったのですか?」


 いち早く気が付いたのはニーナだ。


「ええ、今問題になっているのが翼竜の件でして……」

「どういうことでしょう?」


 問いかけたニーナに、マックスは真面目な顔で咳ばらいを一つ

「いえね、昨日と今日、翼竜共に冒険者や荷馬車が襲われたってんで北門に駆け込んでくるようになりまして……しかも昨日より今日の方が件数が増えてきているんでもしかすると……」

「「明日はもっとふえるかもしれ(ない)(ねーと)」」

 二人が同時にマックスの懸念を言い当てて、マックスは苦々しい顔で頷いた。


 一方で、オルレオはオルレオで、青い顔をしていた。

「もしかしたら、俺がダヴァン丘陵に踏み込んであいつ等を怒らせたんじゃ……」


 漏れ出たオルレオの本心に、モニカは心底呆れた顔をして言い切った。

「ナイナイ」

「違うでしょうね」

「気にしすぎだな」


 続く、ニーナにも一刀両断に切り伏せられ、マックスすら擁護してくれなかった。


「お前だけじゃなくて何人も偵察で送り込まれてるし、何ならお前がダヴァンにいるときはアタシとニーナもいたんだぞ」


 あっと、オルレオが声を漏らしたところでニーナが追撃を見舞った。


「それに私とモニカも山から降りてきているのを何匹か討ち取っていますからね、おそらくは何らかの別の理由かと」


 とどめの一撃は、マックスだ。


「うんうん、若い時ってよくあるよな。自分のやったことが大きな影響を生んだって勘違いすること」


「もうやめて……」


 消え入りそうな声で言うオルレオに三者三様に励ました。


「つーことで、この件はオルレオのせーじゃねーってことだ」


 モニカは快活に、吹き飛ばすような笑みで、


「ですね、しかし時期が時期でしたから勘違いするのも止むを得なかったのかもしれません」


 ニーナは冷静に、穏やかな笑みで


「ま、この件は報告書をまとめてご領主様と冒険者ギルドに早馬を飛ばしている。明日にも何か対策が練られるだろうさ」


 そしてマックスは豪快に見守るような笑みを浮かべていた。


「あー、もう、わかったよ、勘違いした俺がバカでした!」


 対してオルレオはむくれたような顔で照れ笑いしていた。


「んじゃ、とりあえず、持ち物見してもらっていいですか?仕事なんで」


 話にひと段落がついた、と判断したマックスが本来の業務に戻ると、三人もそれ以上は何も言わず粛々とやるべきことをこなしていった。


「ん、それじゃあ、お三方とも通っていただいて結構です。ご協力ありがとうございました」


 三人の荷物を手早く確認したマックスが三人に通行許可を出す。


「おう」

「お疲れさまでした、では」

「ありがとうございました」


 三者三様に挨拶をして門から都市の中へ立ち入ったところで、今日のクエストは終了だ。


「ほんじゃ、オルレオはここまでな」

「ギルドへの報告は明日になりますので明日の鐘三時半にギルド前に集合をお願いできますか」


 モニカが手短に切り出し、ニーナは明日の予定を簡潔に伝えてきた。


「今日はありがとうございました!」


 深々と頭を下げるオルレオに、モニカとニーナは顔を見合わせて、


「いいって、いいって、こっちも楽しかったしな」

「ええ、それに今日でこの関係が終わりでもないでしょう。またよろしくお願いします」


 ニーナの言葉にモニカは楽し気に合わせた。


「だな!なんなら明日も報告の後で一緒にどっかいこーぜ」

「そうすると、オルレオの昇級が遅れますよ」


 今度は一転して真剣な顔でオルレオに言い切った。


「お前、明日で一気に飛び級してこい」

「そう簡単にできるんなら誰も苦労しないよ」

「ですよ、モニカ」


 モニカの唐突な発言に、オルレオが返してニーナが窘める。むうっと少しだけむくれたモニカの顔が何だか子供らしく見えて、オルレオは少しほほ笑んだ。


「まあ、いいや。とにかく、また明日、だ」

「おやすみなさい、オルレオ」


 二人が手を挙げて東へと向かおうとする。


「うん!二人ともおやすみ!また明日!!」


 元気よく告げて、オルレオは南へ“陽気な人魚亭”に帰っていく。その足取りは日が沈んで暗くなった街に明るく響いていた。

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