第29話 森林調査4

 森が途切れる前のわずかな間にオルレオが思い出していたのは、ガイが時折聞かせてくれていた夜咄(大抵は過去の自慢)の内容だった。


『騎兵隊を相手にするときがあれば先頭の騎馬を潰せ、んで隊列の隙間を縫いながら騎馬を潰し続けろ。敵の列を抜けたら反転して落ちたやつを叩け、いいな』


 夜咄の内容は大半が自慢話だが、たまにこうした助言めいた発言もあった。話を聞いていた当時は「そんな簡単に言うな。出来るわけないじゃないか」と心の中で悪態を吐いていたオルレオだったが、実際に今の状況になって分かったことがあった。


 出来る出来ないの問題ではない。やらなければ死ぬのだ。


 オルレオが覚悟を決めたと同時に斜面は終わりを告げた。そのまま速度を落としながら平地へと踏み込んだオルレオはある程度のところで後ろへと振り返る。


 見ればゴブリンライダーの先頭はもう斜面を降りきるところだった。


 オルレオは姿勢を低く前傾姿勢をとった。呼吸を調節し、飛び出すタイミングを調節し始める。


 オルレオの後ろにいたモニカとニーナはオルレオの狙いを悟ったのか、それぞれが“待ち”の構えをとった。モニカは両手剣を肩に担いで全身から力を抜き、ニーナも矢を弓に番えてはいるがそこに力は加わっていない。


 二人の見ている前で、オルレオは両脚に力を溜めて、溜めて、溜めて……ゴブリンライダーの半数が平地をかけ始めたところで、一気に飛び出した。


 オルレオとゴブリンライダー隊の距離はみるみる近づいてく。その中の一騎、ひときわ体格のいいオオカミの背の上でゴブリンが身の丈よりも大きな槍を振り回す。そのゴブリンが速度を上げさせるようにオオカミの脇腹を踵で小突くとその通りに突出を始めた。


 一騎駆けをしてきたゴブリンライダーに相対するようにオルレオは左の円盾を顔の前に掲げた。オオカミが飛び掛かるように跳ねたのに合わせてゴブリンは槍を上段から突き込もうと構えた。


 対してオルレオは掲げた左腕の下に右腕を潜らせた。剣は背に回されるような形だ。

 

 オオカミが噛みつきを繰り出すのに合わせて、ゴブリンの槍がはしる。この同時攻撃にオルレオはシールドスマッシュで迎え撃った。オオカミの下あごをかち上げて槍の軌道を邪魔し、大きく後ろに回した剣を横なぎに振りぬいた。


 オオカミの身体は両断され、ゴブリンは地に投げ出された。一方、オルレオの左脇腹からは血が舞っていた。ゴブリンの放った槍が掠めたのだ。


 その痛みにオルレオは顔をしかめた。一瞬、足が止まる。それでも、敵の動きはわずかばかりも止まらず、むしろ勢いを増して迫ってきていた。


  そのオルレオの横を幾つもの小さな影が過ぎ去った。ニーナの弓射きゅうしゃだ。一度で何本もの矢が放たれ敵集団に突き刺さり、無理矢理その速度を落とさせていく。


「おい!オルレオ!!お前がやらねーならアタシがやるぞ!!」


 挑発するように叫ぶモニカの声に、オルレオの足が一歩進んだ。


「さっき言っただろ!援護頼んだ!!」


 叫び返したオルレオは、もう一度敵へと突き進んでいった。


「はっ!生意気だなアイツ……」


 モニカは笑いながら、地に転がっていたゴブリンに止めをさした。その目には駆け出していくオルレオの姿が映っている。


 オルレオは迫りくる敵集団に勢いづけて斬り込んだ。すれ違いざまにオオカミの首を斬り上げて敵陣に躍り込むと手近なところにいたゴブリンに盾を叩き込む。そのまま足を止めずに奥にいる敵に狙いを定める。


 味方がやられて足を止めたオオカミの腹を裂き、上にいたゴブリンの腕を落とす。さらに奥へと進み、向かってくるオオカミの右前足を薙いでゴブリン共々派手に転倒させた。


 そこから更に奥へと突き進もうとしたオルレオに、四方八方からゴブリンライダーが急襲をかける。包囲された形のオルレオではあるが、それでも足を止めることはない。


 何故か、答えは簡単だ。


 信じているから。


 オルレオが正面の敵に盾から突っ込んで包囲の一角を押し込むと同時、後方から空を切り裂く無数の矢が飛来した。

 一息で十を超える矢が放たれて、まるで横殴りの豪雨のような激しさを持ってオルレオの背後の敵を射抜いていく。


「オラ!オラ!!どうした!!かかってこいよ!!!」


 さらに後ろでは両手剣を操るモニカが嵐さながらの圧力を持ってゴブリンライダーをオオカミもゴブリンも諸共に両断しながらなぎ倒していた。

 オルレオの後ろに回り込もうとしていたゴブリンライダー達はそれを許されることもなく反転しようと速度を落としたところを刈り取られていった。


 その間にもオルレオは敵陣突破を果たすべく道中のゴブリンライダーを切り捨てながら前へ、前へと進んでいた。やがて、視界が開けたところで、オルレオは反転した。


 モニカと挟み撃つような形でゴブリンを掃討し、逃げ出そうとしたゴブリンはニーナが撃ち抜いていった。


 そうして、空が朱み交じりになったころに戦いは終わった。


 オルレオは大きく息を吐きだすと、荒くなった呼吸を収めようと深呼吸を始めた。


「おう、ボーっとすんな魔石を回収したらとっととズラカるぞ」


 膝に手をついて息を整えているオルレオとは違い、まだまだ余裕を持った様子でモニカが近くにいたゴブリンから魔石を抜き取っていた。


「敵の後続が追い付いてこないとも限りませんから、休んでいる暇はありませんよ」


 ニーナも腰から引き抜いた大型のナイフでゴブリンの額を開いて魔石を引き出している。オルレオも疲れた体に鞭を打って魔石を集めていった。


 三人で集めた魔石の合計は43個。三分割できない中途半端な数ではあったがかなりの戦果だ。


 オルレオ達は追手が来ないか、また先回りで待ち伏せされていないかを慎重に確認しながらも急いで街まで戻っていった。


 行きよりも時間はかかったものの日が暮れるまでに街が見えるところまで戻ってきたオルレオ達が目にしたのは反対方向から門に向かって駆けてくる壊れた馬車だった。

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