第27話 森林調査2

 オルレオの背後で引き絞るような音が、静かに、確かに聞こえてきた。その音に、オルレオは振り返ることなく、眼前にいる敵を睨んだ。ゴブリン共は10体ほど。手には網やこん棒、鎖といった殺すには向かない武器を持って、二頭を捕まえようと2頭のオオカミに悪戦苦闘している。


 弓を引く音が止まる。あたりには息遣いすら聞こえないほどの静寂に包まれる。そして。


 空気が解放されるような音が響いて、最後尾で喚いていた指示役と思われるゴブリンの額に矢が突き立った。


 それを合図にオルレオは飛び出した。盾を構えて一直線にぶちかましに行く。盾に身体を預けるようにして全体重をかけた盾突進シールド・チャージをゴブリンの群れの中腹におみまいすれば二体のゴブリンがまともに食らって空を舞った。二体は滑空しながら、追い付いてきた矢に喉を射抜かれて絶命した。

 

 オルレオが一人、ゴブリンの中に取り残されるような形になるが、それは計画通りだ。わざと目立つ位置に構えれば、ゴブリンの目は自然とオルレオに引き寄せられた。

 

 その後背を豪快な音とともに両手剣が薙いだ。気配を断って時間差の奇襲をかけたモニカの一振りで都合四体の首が飛んだ。何事か、と慌てて視線をそらしたゴブリンも、次の瞬間には胴を引き裂かれて死んだ。オルレオの剣に赤黒い滴が残る。


 あとに残った二体のゴブリンは何もすることが出来ないままにモニカとオルレオの一刀のもとで屠られた。


「これで終わりか?呆気ねーな」

 簡単な仕事で済んだというのに、モニカは何だか気に入らないような様子だ。

「そうでもないようですよ」

 追いついてきたニーナがまっすぐに森の更に奥を指さした。

「なんかあんのか?」

 モニカがまるでお駄賃を子供のような笑みを浮かべた。それにニーナは困ったように微笑んだ。

「ゴブリンに後詰めのような輩がいたので放置して見ていたところ、戦いの様子をじっくり観察してから森の奥へと消えていきました。おそらくは偵察スカウトのような役割かと……」

「こいつ等の仕事ぶりでも監督してたのか?」

「というよりも、もしもの時の備えではないでしょうか」

 その一言に、モニカは納得したように顔をしかめた。

「もしものときっていうと……」

 一方、二人の会話の意味がまったくわかっていなかったオルレオは素直に聞いてみることにした。


「端的に言やぁ、連中も俺たち人間を警戒してるってことだ」

 忌々し気な口調で吐き出したモニカは「さらに」と溜めをつくったうえで。

「間違いなく前回の生き残りだぜ。コイツらの親分は」

 心底いやそうな顔でそう言った。

「どうしてそうなるんだ?」

 結論は分かったが理由はわからない。オルレオはその点を聞こうとモニカへ顔を向けたのだが、モニカはというとサッと視線をそらしてチラチラとニーナの方へと目配せをしていた。訳が分からないままにニーナへと視線を移すと、なんだか楽しげな顔をしていた。


コホンと咳払いの音がする。

「それでは説明させていただきますね。知っておられるかと思いますが、魔物と呼ばれる存在はこの世界の大地から生まれます。土地の栄養や魔力を吸い取って顕現ポップするわけですね」

 うんうん、とオルレオは頷く。

「もちろん、彼らは親を持たずに生まれるのでなんら知識を持ちません。脅威を知らず、知恵も絞らず、自然の中で生きています。だから彼らは知識というものを戦いと略奪の中で学びます。獣や人との闘いが彼らを強くするのです。」

 オルレオもそれは知っていた。だからこそ、魔物と出会えば確実に殺すか逃げるかしかないのだ。

「前回、オルレオさんが倒したゴブリンは拙いながらも戦列を組んで戦おうとしていました。そして、今回は意図は分からないながらもオオカミを捕らえようとしていて、さらには人間と遭遇する可能性を考えて偵察を放っていたわけです」

 あっ、と声がでる。

「まるで軍隊みたいだ」

 オルレオがつぶやいた一言にニーナがにこやかに笑う。

「正解です。ということは今回の敵は人間、少なくとも小規模な軍と衝突した経験を持ったリーダーないし、参謀がいるとわかるわけです」

 おおー、と感心した声を挙げるオルレオにニーナは気を良くしたのか耳がピコピコと揺れている。

「でも、何でリーダーか参謀が生き残りなんだ?戦ってたやつかもしれないじゃないか?」

 ん?とオルレオがそのことに気が付いた時には、疑問を口に出していた。

「ソイツは簡単」

 口を開いたのはモニカだ。

「コイツら、ザコだったろ?生き残り連中ならもっとツエーよ」

 あっけらかんというモニカに、オルレオはもう一つのことに気が付いた。

「ってことは、魔物の群れが一月足らずで数を増やしてるってこと?」

 いくら何でも異常である。何せ、魔物は生まれる際に土地の栄養と魔力を奪う。それがハイペースで続いてしまえば、土地はあっという間に枯れてしまい、死んでいくではないか。

「強い魔物の周辺では魔物が生まれやすくなると言われています。だからこそ、魔物を見かければ殺すか、逃げるかしかないんです」


 ごくり、とオルレオは生唾を飲み込んだ。軽い考えでついてきたこのクエストが予想をはるかに上回る重要な任務だったからだ。道理で三等級のモニカとニーナがメインで受け持つわけだ。

「そんじゃ、ちったあ距離も空いただろうし、追うぞ」


 その一言で、三人は再び歩き始めた。今度の先頭はニーナ、それにモニカ、オルレオと続いた。オルレオの右手には盾が握られている。既に、敵にバレてしまったのだ。後方からの襲撃には万全を期さなければならない。盾を握る手には今まで以上の力が入る。


 しばらく進んだところで、ニーナが立ち止まった。手招きをされたことで前に進んでみると、そこにはわかりやすいまでにくっきりとした足跡が残っている。

 その先を追っていくと、低い位置の枝がおられたり、木がなぎ倒されたりとまるで追ってきてください・・・・・・・・・と言わんばかりに痕跡が残されていた。

「罠?」

「でしょうね」

 オルレオの呟きにニーナが答えた。

「だったら話は早えな」

 モニカはとても楽しげだ。

「逆手にとって逆撃かますぞ」

 驚いた顔をするオルレオと、どこか諦めたような顔をするニーナの二人を見ながらモニカは声を潜めた。

「いいからアタシの言うとおりにしろ、まずは……」




 

 


 

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