第26話 森林調査1

「ここで間違いねーか?」

 問いかけの主はモニカだ。彼女は朱で縁取られた豪勢なプレートアーマーを着込み、剣帯に吊った両手剣の柄に左ひじを着いている。その瞳には楽し気な色が浮かんでおり、現にレガーノから森に着くまでの道中ではずっと上機嫌に喋りっぱなしであった。


 話の内容の多くはオルレオの生い立ちについてやレガーノで冒険者になった経緯、あとはオルレオが受けていた修行に関してだが、モニカはそれらの話に食い入るように話をせがんでいた。途中までは敬語で話しかけていたオルレオだったが、何故かモニカは敬語を使われると怒りだしてしまうので、仕方なく、オルレオは普段通りのぞんざいなしゃべり方のままだった。


 さすがに、森に入ってからは警戒を強めていたのか口数は大きく減った。が、彼女はそれまでの会話で楽しかったのか、今でも浮ついた感じがにじみ出ている。


「ここで間違いないよ。ほら、地面に凸凹な戦闘跡があるし、そこら辺にもまだ血が残ってる」

 オルレオが指さす先には深く踏み込んだことで足跡が残った地面や、土に吸収しきれなかった血痕があった。


「ほーん、確かに。で、ゴブリン共はどっちのほうから来たんだよ?」

「あっち」

 オルレオが顔を向けた方に、モニカが右手を額に当てて遠くを見通すようにしていた。

「ここからでは特におかしなところはみつかりませんね」

 ニーナはチラッとあたりを見渡しただけでそう結論付けた。

「大体どんぐらいの距離が見えてんだ?」

「草原の端、森との境界までなので約1レウカ(大よそ人が半刻かけて歩いた距離)といったところでしょう」

 ふーん、と特に興味がなさそうに言ったモニカは、くるっとオルレオに向き直ると、

「ほんじゃ、盾ヤロウが先頭、ニーナが2番目、アタシがケツ持ちな」

およそ領主のご令嬢にふさわしくない言い方で隊列を発表した。


「ん……あそこでしょうか?」 

 草原を何事もなく横断した一行が森の縁まで近づいたところで、ニーナがその一点を指さす。

「何もないけど?」

 首をひねるオルレオ。

「あそこだけ草が踏みしめられた跡がありますので、おそらくは獣道だと思われます」

「げ、獣道ってことはクッソせめー道じゃん」

「しかし、痕跡を追うならあそこから行くのが一番わかりやすいですが……」

 これから進む道にモニカはげんなりとした表情で肩を落とした。それを見るニーナはどこか苦笑気味にほほ笑んだ後、他に道はないかと見まわし始めた。

「いいよ、俺がある程度まで道を広げながら行くから後ろからついて来て」

 そう言いつつ、オルレオは剣を引き抜き、盾を構えた。

 そして、ひとつ、息を吐いた瞬間。

 真横に剣を薙いで獣道を無理やり広げてそのまま前へと進み始めた。


 ニーナとモニカも後に続いて歩き始める。歩きながらモニカは切り払われた枝や低木を横目で見やる。木を切ったり枝を落とすのを剣で行うときには普通きれいに切断できず、どこかが繋がった状態のままだというのに道端のそれはどれもが断面を見せていた。


「へえ……」

 それを見たモニカの口元が弧を描く。

「やっぱ、お前、盾だけじゃなくて剣もケッコー使うよな」

 口元には確かに笑みが浮かんでいるというのに、モニカの瞳は鋭くなっていく。

「たかだか草刈りをしただけですよ」

 肩をすくめて謙遜するオルレオに、モニカはどう猛な微笑みを収めた。

「ま、このあと敵とたたかやわかることだ」


 その言葉を聞いたニーナがバッとモニカへと振り向いた。その目にはどこか非難するような色が浮かんでいた。

「今回の任務はあくまでも調査のはずですが?」

「おう、わーってるって大丈夫、大丈夫」

「ならいいんですけど……」

 不意に、ニーナが話すのをやめた。急に話し声も足音も聞こえなくなったのに気が付いたオルレオは数歩先で足を止めて後ろを振り返った。オルレオの視線の先では、ニーナがある一点をジッと見つめ始めた。


「いたか?」

 キッとモニカの視線が鋭くなるとその様子が一変した。先ほどまでの緩い雰囲気は一気に霧散し、今は静かで冷徹な殺気を内に秘めているのがわかる。敵にバレない様に気配を消しながら、戦意を高めている。

 対してオルレオは息を潜め、身をかがめ、なるべく音を出さないようにすることしかできなかった。目の前でモニカがやっているような高等な技法については未だ修得が出来ていなかった。


「そうですね。ここから約半レウカ先でゴブリン共がオオカミを捕まえようとしています」

「捕まえる?殺そうとしてんじゃねーのか?」

「ええ、そのようです。……番犬にでもするつもりでしょうか?」

 ニーナが手を空中にかざすようにすると、中指にはめていた指輪がキラりと光る。一瞬の淡い輝きの後でその手には短弓が握られていた。

 それを見て驚いたオルレオだったがすぐに魔法か何かだろう、と見当づけてすぐに平静を取り戻す。

「で、どうするんだ?」

 オルレオが二人を見ながら問いかけた。

「決まってんだろ」

 モニカが笑う。

塵殺みなごろしだ」


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る