第25話 調査クエスト
オルレオは盾を受け取って鍛冶場ギルドを出れば、寄り道をすることなく冒険者ギルドへの道行きをとった。
ふと、オルレオは正面から向かってくる馬車に目を奪われた。襲撃を受けたのだろうか、馬車の
馬車の荷台に目を向けると、そこには負傷した男女が4人ほど載せられていた。簡単な手当てを受けてはいるが誰も彼もがどこかしらに傷を負っていた。怪我をしているのは、装備を持っていたことから冒険者か傭兵だろう。
馬車がすれ違って走り去るのを、オルレオはしばし立ち止まって見送った。なぜそこまで気になったのか、理由についてはよく分からない。よくわからないが、何故だろうかオルレオは、その光景が気になって仕方がなかった。そうしてオルレオは、馬車の姿が消えたのを確認してから再度足を進め始めた。
鐘が四回なるころ、オルレオの姿は冒険者ギルドの中にあった。目の前には専属で担当してくれているクリスの姿があった。
「ついこないだギルド登録したばかりなのに、もう二つもクエストを完了されるなんて……」
その手には、マルコが作成したクエスト完了の報告書があった。
「まあ、簡単なクエストだったから」
しれっと言ってのけたオルレオに、クリスはどこか呆れたように言う。
「大抵、冒険者の方々は仕事が終われば最低でも三日は休息をとって一日かけて準備するって言いますから……ちょっとハイペースなんじゃないかと思うんですが……」
そんなものかと思いつつも、オルレオはそんなに休む気にはなれなかった。がっつりとした休みもいずれは必要になるのかもしれないが、今は経験を積みたいのが本音だ。しばし考えたうえでオルレオは自分なりの答えをだした。
「まあ人は人、自分は自分だから。自分のペースで仕事をするよ」
回答を受けたクリスは、少し戸惑いはしたがゆっくりと頷いた。
「わかりました。でも疲労が蓄積してしまえばケガをしたり、死んでしまうといったリスクは大きく上昇します。健康管理には十分に気を付けてくださいね」
「わかった」
うん、とオルレオが一つ頷いた。その姿を見て、クリスは安心したのか報告書に目を通し始めた。ものの数十秒で読み終えてしまったクリスは、どこか気になることがあったのか、一瞬眉間にしわを寄せた。
「すみません、オルレオさん。ココのことなんですが……」
そう言いながらクリスはオルレオに報告書を差し出してきた。クリスの細い指が示しているのは戦闘記録の部分に書かれたゴブリン五体の文字。
「このゴブリンっていうのは統一された装備を持っていましたか?」
えらく真剣なそのまなざしに、何かあっただろうか、とオルレオも深く思い出そうとしてみる。
「いや、武器は手製の剣や槍くらいだったし、着ていたものも防具と言えるほどにしっかりしたものじゃなくて獣の革をそのまま巻き付けてた感じだった」
しかし、思い出せるだけ思い出してもゴブリン共の様子に特におかしなことはなかった。
「しいて言うなら、あいつらと戦いになったときに
途端、クリスの顔色が変わった。その変化に気が付いたオルレオがどうしたのだろうかと思い、口を開こうとしたところで、クリスは「ちょっと待ってくださいね」と言いながら席を立った。
そんなに気にするほどのことだろうか、というのがオルレオの本音だ。なにせゴブリンというのは数多居る魔物の中でも最下級の魔物であり、ランクアップしたとしても他の魔物にこき使われるような存在だからだ。どんな魔物の群れにでもいてそしてどこであっても使い捨てにされるのがゴブリンという魔物の宿命だ。その代わりに、奴らは強者のおこぼれにあずかって生きている。そんなやつらに脅威を感じることのほうが難しい、というのがオルレオの考えであり、世間一般の認識だ。
「おまたせしました」
オルレオが退屈を感じ始めたころに、ようやくクリスが帰ってきた。手には一枚の用紙が握られている。クリスは椅子に座るなり背筋をスッと伸ばした。そうして手にした紙をオルレオに差し出した。依頼書だ。
「オルレオさん、さきほどペースが速すぎる。なんて言ってしまったのに申し訳ないんですが、このエテュナ山脈の調査クエストに同行してもらえませんか?」
クリスが懇願するように声を絞り出した。
「いいですけど……同行ってことは他にも冒険者の方が?」
「はい、三等級の方がすでに準備をされているそうです」
「三等級!?」
びっくりした声を出すオルレオに、クリスは身を小さくしながら理由を説明し始めた。
「実をいうと、先月、北のアルゴナウ王国から流入してきたと思われる魔物の群れを撃退したのですが一部を取り逃がしてしまい……その生き残りがエテュナ山脈のふもとにいると考えられています」
魔物を取り逃がす、というのは恐ろしい失敗の一つだ。生き残りを早急に見つけなければより手強い存在にクラスアップしてしまう可能性もある。
「以前にエテュナ山脈のふもとを調査して痕跡がなかったことからもっと遠くに逃げられてしまったと思い、立ち入りの規制は解除していたのですが……」
「俺が昨日、ゴブリンと遭遇した」
コクリ、とクリスが頷いた
「もしかしたら逃げた群れとは何の関係もないかもしれませんが、万が一、その群れの一員で新たに生まれた魔物だとするとギルドでも本腰を入れて対処せざるを得ません、なのでオルレオさんには調査に同行していただき、ゴブリンとの戦闘地点への案内とその痕跡を辿って欲しいんです」
「わかった」
一も二もなくオルレオは即座に了承した。何せ一歩間違えれば強力な魔物が生まれ、最悪、街が滅ぶ可能性もある危機だ。これを見逃すわけにはいかない。
「ありがとうございます!」
クリスが深々と頭を下げた。
「それでは、別の担当の方が今回、依頼を受けて下さったもう一組の冒険者さんに説明されているところなので、そちらまで一緒に来てもらっていいですか」
そういって席を立ったクリスの後につづいてオルレオも歩き出した。ロビーを抜けてギルドの奥、階段を上がると廊下にずらっと扉が並んでいる。クリスは迷いなくつかつかと歩いていくと、やがてその中の一つで立ち止まる。ノックを二回ならし、「はーい」というどこか間延びした声が聞こえた。
クリスが扉を開けるとそこは小さいながらも調度品のそろった応接室だった。部屋の中央にはローテーブルを挟んで二つのソファが並べられている。そこに、三人の女性がいた。一人はクリスと同じ服を着ていることからギルドの職員だろう。そして、残りの二人は。
「盾ヤロウ!!」
嬉し気に声を上げたモニカと、静かに会釈をしたニーナだった。
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